《たるきわ》りも我《おれ》がする日には我の勝手、どこからどこまで一寸たりとも人の指揮《さしず》は決して受けぬ、善いも悪いも一人で背負《しょ》って立つ、他《ひと》の仕事に使われればただ正直の手間取りとなって渡されただけのことするばかり、生意気な差し出口は夢にもすまい、自分が主でもない癖に自己《おの》が葉色を際立てて異《かわ》った風を誇《ほこ》り顔《が》の寄生木《やどりぎ》は十兵衛の虫が好かぬ、人の仕事に寄生木となるも厭ならわが仕事に寄生木を容《い》るるも虫が嫌えば是非がない、和《やさ》しい源太親方が義理人情を噛《か》み砕いてわざわざ慫慂《すすめ》て下さるは我にもわかってありがたいが、なまじい我の心を生かして寄生木あしらいは情ない、十兵衛は馬鹿でものっそりでもよい、寄生木になって栄えるは嫌いじゃ、矮小《けち》な下草になって枯れもしょう大樹《おおき》を頼まば肥料《こやし》にもなろうが、ただ寄生木になって高く止まる奴らを日ごろいくらも見ては卑しい奴めと心中で蔑視《みさ》げていたに、今我が自然親方の情に甘えてそれになるのはどうあっても小恥かしゅうてなりきれぬわ、いっそのことに親方の指揮《さしず》のとおりこれを削れあれを挽《ひ》き割れと使わるるなら嬉しけれど、なまじ情がかえって悲しい、汝も定めてわからぬ奴と恨みもしょうが堪忍《かに》してくれ、ええ是非がない、わからぬところが十兵衛だ、ここがのっそりだ、馬鹿だ、白痴漢《たわけ》だ、何と云われても仕方はないわ、ああッ火も小さくなって寒うなった、もうもう寝てでもしまおうよ、と聴《き》けば一々道理の述懐。お浪もかえす言葉なく無言となれば、なお寒き一室《ひとま》を照らせる行燈《あんどん》も灯花《ちょうじ》に暗うなりにけり。

     其十九

 その夜は源太床に入りてもなかなか眠らず、一番鶏《いちばんどり》二番鶏を耳たしかに聞いて朝も平日《つね》よりははよう起き、含嗽手水《うがいちょうず》に見ぬ夢を洗って熱茶一杯に酒の残り香を払う折しも、むくむくと起き上ったる清吉|寝惚眼《ねぼれめ》をこすりこすり怪訝顔《けげんがお》してまごつくに、お吉ともども噴飯《ふきだ》して笑い、清吉|昨夜《ゆうべ》はどうしたか、と嬲《なぶ》れば急にかしこまって無茶苦茶に頭を下げ、つい御馳走になり過ぎていつか知らず寝てしまいました、姉御、昨夜|私《わっち》は何か悪いことでもしはしませぬか、と心配そうに尋ぬるもおかしく、まあ何でも好いわ、飯でも食って仕事に行きやれ、と和《やさ》しく云われてますます畏《おそ》れ、恍然《うっとり》として腕を組みしきりに考え込む風情《ふぜい》、正直なるが可愛らし。
 清吉を出しやりたる後、源太はなおも考えにひとり沈みて日ごろの快活《さっぱり》とした調子に似もやらず、ろくろくお吉に口さえきかで思案に思案を凝らせしが、ああわかったと独《ひと》り言《ごと》するかと思えば、愍然《ふびん》なと溜息つき、ええ抛《な》げようかと云うかとおもえば、どうしてくりょうと腹立つ様子を傍にてお吉の見る辛さ、問い慰めんと口を出《いだ》せば黙っていよとやりこめられ、詮方《せんかた》なさに胸の中にて空しく心をいたむるばかり。源太はそれらに関《かま》いもせず夕暮方まで考え考え、ようやく思い定めやしけんつと身を起して衣服をあらため、感応寺に行き上人に見《まみ》えて昨夜の始終をば隠すことなく物語りし末、一旦は私もあまりわからぬ十兵衛の答えに腹を立てしものの帰ってよくよく考うれば、たとえば私一人して立派に塔は建つるにせよ、それではせっかくお諭《さと》しを受けた甲斐なく源太がまた我欲にばかり強いようで男児《おとこ》らしゅうもない話し、というて十兵衛は十兵衛の思わくを滅多に捨てはすまじき様子、あれも全く自己《おのれ》を押えて譲れば源太も自己を押えてあれに仕事をさせ下されと譲らねばならぬ義理人情、いろいろ愚かな考えを使ってようやく案じ出したことにも十兵衛が乗らねば仕方なく、それを怒っても恨んでも是非のないわけ、はやこの上には変った分別も私には出ませぬ、ただ願うはお上人様、たとえば十兵衛一人に仰せつけられますればとて私かならず何とも思いますまいほどに、十兵衛になり私になり二人ともどもになりどうとも仰せつけられて下さりませ、御口ずからのことなれば十兵衛も私も互いに争う心は捨てておりまするほどに露さら故障はござりませぬ、我ら二人の相談には余って願いにまいりました、と実意を面に現わしつつ願えば上人ほくほく笑われ、そうじゃろそうじゃろ、さすがに汝《そなた》も見上げた男じゃ、よいよい、その心がけ一つでもう生雲塔見事に建てたより立派に汝はなっておる、十兵衛も先刻《さっき》に来て同じことを云うて帰ったわ、あれも可愛い男ではないか、のう源太、可愛がってやれ可愛が
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