、疾しや遅しや其時此時、背面《うしろ》の方に乳虎《にうこ》一声、馬鹿め、と叫ぶ男あつて二間丸太に論も無く両臑《もろずね》脆く薙《な》ぎ倒せば、倒れて益※[#二の字点、1−2−22]怒る清吉、忽ち勃然《むつく》と起きんとする襟元|把《と》つて、やい我《おれ》だは、血迷ふな此馬鹿め、と何の苦も無く釿もぎ取り捨てながら上からぬつと出す顔は、八方睨みの大眼《おほまなこ》、一文字口怒り鼻、渦巻縮れの両鬢は不動を欺くばかりの相形。
やあ火の玉の親分か、訳がある、打捨つて置いて呉れ、と力を限り払ひ除けむと※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》き焦燥《あせ》るを、栄螺《さゞえ》の如き拳固で鎮圧《しづ》め、ゑゝ、じたばたすれば拳殺《はりころ》すぞ、馬鹿め。親分、情無い、此所を此所を放して呉れ。馬鹿め。ゑゝ分らねへ、親分、彼奴を活しては置かれねへのだ。馬鹿野郎め、べそをかくのか、従順く仕なければ尚《まだ》打つぞ。親分酷い。馬鹿め、やかましいは、拳殺すぞ。あんまり分らねへ、親分。馬鹿め、それ打つぞ。親分。馬鹿め。放して。馬鹿め。親分。馬鹿め。放して。馬鹿め。親。馬鹿め。放《はな》。馬鹿め。
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