き吾夫《うちのひと》、腕は源太親方さへ去年いろ/\世話して下されし節《をり》に、立派なものぢやと賞められし程|確実《たしか》なれど、寛濶《おうやう》の気質《きだて》故に仕事も取り脱《はぐ》り勝で、好い事は毎※[#二の字点、1−2−22]《いつも》他《ひと》に奪られ年中嬉しからぬ生活《くらし》かたに日を送り月を迎ふる味気無さ、膝頭の抜けたを辛くも埋め綴つた股引ばかり我が夫に穿かせ置くこと、婦女《をんな》の身としては他人《よそ》の見る眼も羞づかしけれど、何にも彼も貧が為《さ》する不如意に是非のなく、今ま縫ふ猪之が綿入れも洗ひ曝した松坂縞、丹誠一つで着させても着させ栄えなきばかりでなく見とも無いほど針目勝ち、それを先刻は頑是ない幼心といひながら、母様|其衣《それ》は誰がのぢや、小いからは我《おれ》の衣服《べゞ》か、嬉いのうと悦んで其儘|戸外《おもて》へ駈け出し、珍らしう暖い天気に浮かれて小竿持ち、空に飛び交ふ赤蜻※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]《あかとんぼ》を撲《はた》いて取らうと何処の町まで行つたやら、嗚呼考へ込めば裁縫《しごと》も厭気になつて来る、せめて腕の半分も吾夫《うちのひ
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