受申せ、と云ひ渡さるゝそれさへあるに、上人皺枯れたる御声にて、これ十兵衞よ、思ふ存分|仕遂《しと》げて見い、好う仕上らば嬉しいぞよ、と荷担《になふ》に余る冥加の御言葉。のつそりハッと俯伏せしまゝ五体を濤《なみ》と動《ゆる》がして、十兵衞めが生命はさ、さ、さし出しまする、と云ひし限《ぎ》り喉《のど》塞《ふさ》がりて言語絶え、岑閑《しんかん》とせし広座敷に何をか語る呼吸の響き幽《かすか》にしてまた人の耳に徹しぬ。
其二十一
紅蓮白蓮の香《にほひ》ゆかしく衣袂《たもと》に裾に薫り来て、浮葉に露の玉|動《ゆら》ぎ立葉に風の軟《そよ》吹《ふ》ける面白の夏の眺望《ながめ》は、赤蜻蛉|菱藻《ひしも》を嬲《なぶ》り初霜向ふが岡の樹梢《こずゑ》を染めてより全然《さらり》と無くなつたれど、赭色《たいしや》になりて荷《はす》の茎ばかり情無う立てる間に、世を忍び気《げ》の白鷺が徐※[#二の字点、1−2−22]《そろり》と歩む姿もをかしく、紺青色に暮れて行く天《そら》に漸く輝《ひか》り出す星を脊中に擦つて飛ぶ雁の、鳴き渡る音も趣味《おもむき》ある不忍の池の景色を下物《さかな》の外の下物にして
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