り散らす中、不図のつそりの噂に火が飛べば、とろりとなりし眼を急に見張つて、ぐにやりとして居し肩を聳《そば》だて、冷たうなつた飲みかけの酒を異《をか》しく唇まげながら吸ひ干し、一体あんな馬鹿野郎を親方の可愛がるといふが私《わつち》には頭《てん》から解りませぬ、仕事といへば馬鹿丁寧で捗《はこ》びは一向つきはせず、柱一本|鴫居《しきゐ》一ツで嘘をいへば鉋を三度も礪《と》ぐやうな緩慢《のろま》な奴、何を一ツ頼んでも間に合つた例《ためし》が無く、赤松の炉縁一ツに三日の手間を取るといふのは、多方あゝいふ手合だらうと仙が笑つたも無理は有りませぬ、それを親方が贔屓にしたので一時は正直のところ、済みませんが私も金《きん》も仙も六も、あんまり親方の腹が大きすぎて其程でもないものを買ひ込み過ぎて居るでは無いか、念入りばかりで気に入るなら我等《おれたち》も是から羽目板にも仕上げ鉋、のろり/\と充分《したゝか》清めて碁盤肌にでも削らうかと僻味《ひがみ》を云つた事もありました、第一彼奴は交際《つきあひ》知らずで女郎買《ぢよろかひ》一度一所にせず、好闘鶏《しやも》鍋つゝき合つた事も無い唐偏朴、何時か大師へ一同《みん
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