や、折角丹誠に丹誠凝らして、定めし冷て寒からうに御寝みなされと親切で為て呉るゝ女房《かゝ》の世話までを、黙つて居よ余計なと叱り飛ばして夜の眼も合さず、工夫に工夫を積み重ね、今度といふ今度は一世一代、腕一杯の物を建てたら死んでも恨は無いとまで思ひ込んだに、悲しや上人様の今日の御諭し、道理には違ひない左様も無ければならぬ事ぢやが、此を譲つて何時また五重塔の建つといふ的《あて》のあるではなし、一生|到底《とても》此十兵衞は世に出ることのならぬ身か、嗚呼情無い恨めしい、天道様が恨めしい、尊い上人様の御慈悲は充分了つて居て露ばかりも難有う無は思はぬが、吁《あゝ》何《どう》にも彼《かう》にもならぬことぢや、相手は恩のある源太親方、それに恨の向けやうもなし、何様しても彼様しても温順《すなほ》に此方《こち》の身を退くより他に思案も何もない歟、嗚呼無い歟、といふて今更残念な、なまじ此様な事おもひたゝずに、のつそりだけで済して居たらば此様に残念な苦悩《おもひ》もすまいものを、分際忘れた我《おれ》が悪かつた、嗚呼我が悪い、我が悪い、けれども、ゑゝ、けれども、ゑゝ、思ふまい/\、十兵衞がのつそりで浮世の怜悧《
前へ 次へ
全134ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング