れ入りながら頂戴するを、左様遠慮されては言葉に角が取れいで話が丸う行かぬは、さあ菓子も挟んではやらぬから勝手に摘んで呉れ、と高坏《たかつき》推遣りて自らも天目取り上げ喉を湿《うるほ》したまひ、面白い話といふも桑門《よすてびと》の老僧等には左様沢山無いものながら、此頃読んだ御経の中につく/″\成程と感心したことのある、聞いて呉れ此様いふ話しぢや、むかし某《ある》国の長者が二人の子を引きつれて麗かな天気の節《をり》に、香のする花の咲き軟かな草の滋《しげ》つて居る広野を愉快《たのし》げに遊行《ゆきやう》したところ、水は大分に夏の初め故|涸《か》れたれど猶清らかに流れて岸を洗ふて居る大きな川に出逢《いであ》ふた、其川の中には珠のやうな小磧《こいし》やら銀のやうな砂で成《でき》て居る美しい洲のあつたれば、長者は興に乗じて一尋ばかりの流を無造作に飛び越え、彼方此方を見廻せば、洲の後面《うしろ》の方もまた一尋ほどの流で陸と隔てられたる別世界、全然《まるで》浮世の腥羶《なまぐさ》い土地《つち》とは懸絶れた清浄の地であつたまゝ独り歓び喜んで踊躍《ゆやく》したが、渉らうとしても渉り得ない二人の児童《こども
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