親方の方に上人様の任さるればよいと思ふやうな気持もするし、また親方様の大気にて別段怒りもなさらずば、吾夫に為せて見事成就させたいやうな気持もする、ゑゝ気の揉める、何なる事か、到底《とても》良人《うち》には御任せなさるまいが若もいよ/\吾夫の為る事になつたら、何の様にまあ親方様お吉様の腹立てらるゝか知れぬ、あゝ心配に頭脳《あたま》の痛む、また此が知れたらば女の要らぬ無益《むだ》心配、其故何時も身体の弱いと、有情《やさし》くて無理な叱言《こゞと》を受くるであらう、もう止めましよ止めましよ、あゝ痛、と薄痘痕《うすいも》のある蒼い顔を蹙《しか》めながら即効紙の貼つてある左右の顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》を、縫ひ物捨てゝ両手で圧へる女の、齢は二十五六、眼鼻立ちも醜からねど美味《うま》きもの食はぬに膩気《あぶらけ》少く肌理《きめ》荒れたる態あはれにて、襤褸衣服《ぼろぎもの》にそゝけ髪ます/\悲しき風情なるが、つく/″\独り歎ずる時しも、台所の劃《しき》りの破れ障子がらりと開けて、母様これを見てくれ、と猪之が云ふに吃驚して、汝は何時から其所に居た、と云ひながら見れば、四分板
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