騒げ、我に嬉しい事が有るのだ、無礼講に遣れ/\、と大将無法の元気なれば、後れて来たる仙も政も煙《けぶ》に巻かれて浮かれたち、天井抜けうが根太抜けうが抜けたら此方の御手のものと、飛ぶやら舞ふやら唸るやら、潮来《いたこ》出島《でじま》もしほらしからず、甚句に鬨《とき》の声を湧かし、かつぽれに滑つて転倒《ころ》び、手品《てづま》の太鼓を杯洗で鐵がたゝけば、清吉はお房が傍に寐転んで銀釵《かんざし》にお前|其様《そのよ》に酢ばかり飲んでを稽古する馬鹿騒ぎの中で、一了簡あり顔の政が木遣を丸めたやうな声しながら、北に峨※[#二の字点、1−2−22]たる青山をと異《おつ》なことを吐き出す勝手三昧、やつちやもつちやの末は拳も下卑て、乳房《ちゝ》の脹れた奴が臍の下に紙幕張るほどになれば、さあもう此処は切り上げてと源太が一言、それから先は何所へやら。

       其二十三

 蒼※[#「顫のへん+鳥」、第3水準1−94−72]《たか》の飛ぶ時|他所視《よそみ》はなさず、鶴なら鶴の一点張りに雲をも穿《うが》ち風にも逆《むか》つて目ざす獲物の、咽喉仏|把攫《ひつつか》までは合点せざるものなり。十兵衞いよ/\五重塔の工事《しごと》するに定まつてより寐ても起きても其事《それ》三昧《ざんまい》、朝の飯喫ふにも心の中では塔を噬《か》み、夜の夢結ぶにも魂魄《たましひ》は九輪の頂を繞るほどなれば、況して仕事にかゝつては妻あることも忘れ果て児のあることも忘れ果て、昨日の我を念頭に浮べもせず明日の我を想ひもなさず、唯一[#(ト)]釿《てうな》ふりあげて木を伐るときは満身の力を其に籠め、一枚の図をひく時には一心の誠を其に注ぎ、五尺の身体こそ犬鳴き鶏歌ひ權兵衞が家に吉慶《よろこび》あれば木工右衞門《もくゑもん》が所に悲哀《かなしみ》ある俗世に在りもすれ、精神《こゝろ》は紛たる因縁に奪《と》られで必死とばかり勤め励めば、前《さき》の夜源太に面白からず思はれしことの気にかゝらぬにはあらざれど、日頃ののつそり益※[#二の字点、1−2−22]長じて、既何処にか風吹きたりし位に自然軽う取り做し、頓ては頓と打ち忘れ、唯※[#二の字点、1−2−22]仕事にのみ掛りしは愚※[#「(章+夂/貢)/心」、81−上−11]《おろか》なるだけ情に鈍くて、一条道より外へは駈けぬ老牛《おいうし》の痴に似たりけり。
 金箔銀箔瑠璃真珠|
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