りこう》な人|等《たち》の物笑ひになつて仕舞へばそれで済むのぢや、連添ふ女房にまでも内※[#二の字点、1−2−22]|活用《はたらき》の利かぬ夫ぢやと喞《かこた》れながら、夢のやうに生きて夢のやうに死んで仕舞へば夫で済む事、あきらめて見れば情無い、つく/″\世間が詰らない、あんまり世間が酷《むご》過ぎる、と思ふのも矢張愚痴か、愚痴か知らねど情無過ぎるが、言はず語らず諭された上人様の彼御言葉の真実のところを味はへば、飽まで御慈悲の深いのが五臓六腑に浸み透つて未練な愚痴の出端《でば》も無い訳、争ふ二人を何方にも傷つかぬやう捌《さば》き玉ひ、末の末まで共に好かれと兄弟の子に事寄せて尚《たふと》い御経を解きほぐして、噛んで含めて下さつた彼御話に比べて見れば固より我は弟の身、ひとしほ他《ひと》に譲らねば人間《ひと》らしくも無いものになる、嗚呼弟とは辛いものぢやと、路も見分かで屈托の眼《まなこ》は涙《なんだ》[#ルビの「なんだ」はママ]に曇りつゝ、とぼ/\として何一ツ愉快《たのしみ》もなき我家の方に、糸で曳かるゝ|木偶《でく》のやうに我を忘れて行く途中、此馬鹿野郎|発狂漢《きちがひ》め、我《ひと》の折角洗つたものに何する、馬鹿めと突然《だしぬけ》に噛つく如く罵られ、癇張声に胆を冷してハッと思へば瓦落離《ぐわらり》顛倒、手桶枕に立てかけありし張物板に、我知らず一足二足踏みかけて踏み覆したる不体裁《ざまのな》さ。
尻餅ついて驚くところを、狐|憑《つき》め忌※[#二の字点、1−2−22]しい、と駄力ばかりは近江のお兼、顔は子供の福笑戯《ふくわらひ》に眼を付け歪めた多福面《おかめ》の如き房州出らしき下婢《おさん》の憤怒、拳を挙げて丁と打ち猿臂《ゑんぴ》を伸ばして突き飛ばせば、十兵衞[#「十兵衞」は底本では「十衞兵」]堪らず汚塵《ほこり》に塗《まみ》れ、はい/\、狐に誑《つま》まれました御免なされ、と云ひながら悪口雑言聞き捨に痛さを忍びて逃げ走り、漸く我家に帰りつけば、おゝ御帰りか、遅いので如何いふ事かと案じて居ました、まあ塵埃まぶれになつて如何《どう》なされました、と払ひにかゝるを、構ふなと一言、気の無ささうな声で打消す。其顔を覗き込む女房の真実心配さうなを見て、何か知らず無性に悲しくなつてぢつと湿《うるみ》のさしくる眼、自分で自分を叱るやうに、ゑゝと図らず声を出し、煙草を捻つて何気
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