せる石、弟が摘み上げたる砂を兄が覗けば眼も眩く五金の光を放ちて居たるに、兄弟とも/″\歓喜《よろこ》び楽み、互に得たる幸福《しあはせ》を互に深く讚歎し合ふ、爾時《そのとき》長者は懐中《ふところ》より真実の璧《たま》の蓮華を取り出し兄に与へて、弟にも真実の砂金を袖より出して大切《だいじ》にせよと与へたといふ、話して仕舞へば小供欺しのやうぢやが仏説に虚言《うそ》は無い、小児《こども》欺しでは決してない、噛みしめて見よ味のある話しではないか、如何ぢや汝等《そなたたち》にも面白いか、老僧《わし》には大層面白いが、と軽く云はれて深く浸む、譬喩方便も御胸の中に有たるゝ真実から。源太十兵衞二人とも顔見合せて茫然たり。

       其十

 感応寺よりの帰り道、半分は死んだやうになつて十兵衞、どんつく布子《ぬのこ》の袖組み合はせ、腕拱きつゝ迂濶※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]《うか/\》歩き、御上人様の彼様《あゝ》仰やつたは那方《どちら》か一方おとなしく譲れと諭しの謎※[#二の字点、1−2−22]とは、何程|愚鈍《おろか》な我《おれ》にも知れたが、嗚呼譲りたく無いものぢや、折角丹誠に丹誠凝らして、定めし冷て寒からうに御寝みなされと親切で為て呉るゝ女房《かゝ》の世話までを、黙つて居よ余計なと叱り飛ばして夜の眼も合さず、工夫に工夫を積み重ね、今度といふ今度は一世一代、腕一杯の物を建てたら死んでも恨は無いとまで思ひ込んだに、悲しや上人様の今日の御諭し、道理には違ひない左様も無ければならぬ事ぢやが、此を譲つて何時また五重塔の建つといふ的《あて》のあるではなし、一生|到底《とても》此十兵衞は世に出ることのならぬ身か、嗚呼情無い恨めしい、天道様が恨めしい、尊い上人様の御慈悲は充分了つて居て露ばかりも難有う無は思はぬが、吁《あゝ》何《どう》にも彼《かう》にもならぬことぢや、相手は恩のある源太親方、それに恨の向けやうもなし、何様しても彼様しても温順《すなほ》に此方《こち》の身を退くより他に思案も何もない歟、嗚呼無い歟、といふて今更残念な、なまじ此様な事おもひたゝずに、のつそりだけで済して居たらば此様に残念な苦悩《おもひ》もすまいものを、分際忘れた我《おれ》が悪かつた、嗚呼我が悪い、我が悪い、けれども、ゑゝ、けれども、ゑゝ、思ふまい/\、十兵衞がのつそりで浮世の怜悧《
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