るその眼の行方《ゆくえ》を見ますと、丁度その時またヒョイッと細いものが出ました。そしてまた引込みました。客はもう幾度も見ましたので、
「どうも釣竿が海の中から出たように思えるが、何だろう。」
「そうでござんすね、どうも釣竿のように見えましたね。」
「しかし釣竿が海の中から出る訳はねえじゃねえか。」
「だが旦那、ただの竹竿《たけざお》が潮の中をころがって行くのとは違った調子があるので、釣竿のように思えるのですネ。」
吉は客の心に幾らでも何かの興味を与えたいと思っていた時ですから、舟を動かしてその変なものが出た方に向ける。
「ナニ、そんなものを、お前、見たからって仕様がねえじゃねえか。」
「だって、あっしにも分らねえおかしなもんだからちょっと後学《こうがく》のために。」
「ハハハ、後学のためには宜《よ》かったナ、ハハハ。」
吉は客にかまわず、舟をそっちへ持って行くと、丁度|途端《とたん》にその細長いものが勢《いきおい》よく大きく出て、吉の真向《まっこう》を打たんばかりに現われた。吉はチャッと片手に受留《うけと》めたが、シブキがサッと顔へかかった。見るとたしかにそれは釣竿で
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