、下に何かいてグイと持って行こうとするようなので、なやすようにして手をはなさずに、それをすかして見ながら、
 「旦那これは釣竿です、野布袋《のぼてい》です、良《い》いもんのようです。」
 「フム、そうかい」といいながら、その竿の根の方を見て、
 「ヤ、お客さんじゃねえか。」
 お客さんというのは溺死者《できししゃ》のことを申しますので、それは漁やなんかに出る者は時々はそういう訪問者に出会いますから申出《もうしだ》した言葉です。今の場合、それと見定めましたから、何も嬉《うれ》しくもないことゆえ、「お客さんじゃねえか」と、「放してしまえ」と言わぬばかりに申しましたのです。ところが吉は、
 「エエ、ですが、良《い》い竿ですぜ」と、足らぬ明るさの中でためつすかしつ見ていて、
 「野布袋の丸《まる》でさア」と付足《つけた》した。丸というのはつなぎ竿になっていない物のこと。野布袋竹《のぼていだけ》というのは申すまでもなく釣竿用の良いもので、大概の釣竿は野布袋の具合のいいのを他の竹の竿につないで穂竹《ほだけ》として使います。丸というと、一竿《ひとさお》全部がそれなのです。丸が良い訳はないのですが、丸
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