射する気味が一つもないようになって来るから、水際《みずぎわ》が蒼茫《そうぼう》と薄暗くて、ただ水際だということが分る位の話、それでも水の上は明るいものです。客はなんにも所在がないから江戸のあの燈《ひ》は何処《どこ》の燈だろうなどと、江戸が近くなるにつけて江戸の方を見、それからずいと東の方を見ますと、――今漕いでいるのは少しでも潮が上《かみ》から押すのですから、澪《みよ》を外れた、つまり水の抵抗の少い処を漕いでいるのでしたが、澪の方をヒョイッと見るというと、暗いというほどじゃないが、よほど濃い鼠色《ねずみ》に暮れて来た、その水の中からふっと何か出ました。はてナと思って、そのまま見ているとまた何かがヒョイッと出て、今度は少し時間があってまた引込《ひっこ》んでしまいました。葭《よし》か蘆《あし》のような類《たぐい》のものに見えたが、そんなものなら平らに水を浮いて流れるはずだし、どうしても細い棒のようなものが、妙な調子でもって、ツイと出てはまた引込みます。何の必要があるではないが、合点が行きませぬから、
 「吉や、どうもあすこの処に変なものが見えるな」とちょっと声をかけました。客がジッと見てい
前へ 次へ
全42ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング