」と自語《しご》的《てき》に言って、チョイと片手で自分の頭《かしら》を打つ真似《まね》をして笑った。「ハハハ」「ハハハ」と軽い笑《わらい》で、双方とも役者が悪くないから味な幕切《まくぎれ》を見せたのでした。
海には遊船《ゆうせん》はもとより、何の舟も見渡す限り見えないようになっていました。吉はぐいぐいと漕いで行く。余り晩《おそ》くまでやっていたから、まずい潮《しお》になって来た。それを江戸の方に向って漕いで行く。そうして段々やって来ると、陸はもう暗くなって江戸の方|遥《はるか》にチラチラと燈《ひ》が見えるようになりました。吉は老いても巧いもんで、頻《しき》りと身体《からだ》に調子をのせて漕ぎます。苫《とま》は既に取除《とりの》けてあるし、舟はずんずんと出る。客はすることもないから、しゃんとして、ただぽかんと海面《うみづら》を見ていると、もう海の小波《さざなみ》のちらつきも段々と見えなくなって、雨《あま》ずった空が初《はじめ》は少し赤味があったが、ぼうっと薄墨《うすずみ》になってまいりました。そういう時は空と水が一緒にはならないけれども、空の明るさが海へ溶込《とけこ》むようになって、反
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