かれて行きそうになりましたから、客は竿尻を取ってちょいと当てて、直《すぐ》に竿を立てにかかりました。が、こっちの働きは少しも向うへは通じませんで、向うの力ばかりが没義道《もぎどう》に強うございました。竿は二本継《にほんつぎ》の、普通の上物《じょうもの》でしたが、継手《つぎて》の元際《もとぎわ》がミチリと小さな音がして、そして糸は敢《あ》えなく断《き》れてしまいました。魚が来てカカリへ啣《くわ》え込んだのか、大芥《おおごみ》が持って行ったのか、もとより見ぬ物の正体は分りませんが、吉はまた一つ此処《ここ》で黒星がついて、しかも竿が駄目になったのを見逃しはしませんで、一層心中は暗くなりました。こういうこともない例ではありませんが、飽《あく》までも練れた客で、「後追《あとお》い小言《こごと》」などは何も言わずに吉の方を向いて、
 「帰れっていうことだよ」と笑いましたのは、一切の事を「もう帰れ」という自然の命令の意味合《いみあい》だと軽く流して終《しま》ったのです。「ヘイ」というよりほかはない、吉は素直にカシを抜いて、漕《こ》ぎ出しながら、
 「あっしの樗蒲《ちょぼ》一《いち》がコケだったんです
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