とその反対をいったのでした。
「ケイズ釣に来て、こんなに晩《おそ》くなって、お前、もう一ヶ処なんて、そんなぶいきなことを言い出して。もうよそうよ。」
「済みませんが旦那、もう一ヶ処ちょいと当てて。」
と、客と船頭が言うことがあべこべになりまして、吉は自分の思う方へ船をやりました。
吉は全敗《ぜんぱい》に終らせたくない意地から、舟を今日までかかったことのない場処へ持って行って、「かし」を決めるのに慎重な態度を取りながら、やがて、
「旦那、竿は一本にして、みよしの真正面へ巧《うま》く振込んで下さい」と申しました。これはその壺《つぼ》以外は、左右も前面も、恐ろしいカカリであることを語っているのです。客は合点して、「あいよ」とその言葉通りに実に巧く振込みましたが、心中では気乗薄《きのりうす》であったことも争えませんでした。すると今手にしていた竿を置くか置かぬかに、魚の中《あた》りか芥《ごみ》の中りかわからぬ中り、――大魚《たいぎょ》に大《おお》ゴミのような中りがあり、大ゴミに大魚のような中りがあるもので、そういう中りが見えますと同時に、二段引どころではない、糸はピンと張り、竿はズイと引
前へ
次へ
全42ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング