を持たせて帰そうと思うものですから、さあいろいろな潮行《しおゆ》きと場処《ばしょ》とを考えて、あれもやり、これもやったけれども、どうしても釣れない。それがまた釣れるべきはずの、月のない大潮《おおしお》の日。どうしても釣れないから、吉もとうとうへたばって終《しま》って、
 「やあ旦那、どうも二日とも投げられちゃって申訳《もうしわけ》がございませんなア」と言う。客は笑って、
 「なアにお前、申訳がございませんなんて、そんな野暮《やぼ》かたぎのことを言うはずの商売じゃねえじゃねえか。ハハハ。いいやな。もう帰るより仕方がねえ、そろそろ行こうじゃないか。」
 「ヘイ、もう一《いっ》ヶ処《しょ》やって見て、そうして帰りましょう。」
 「もう一ヶ処たって、もうそろそろ真《ま》づみになって来るじゃねえか。」
 真づみというのは、朝のを朝《あさ》まづみ、晩のを夕《ゆう》まづみと申します。段々と昼になったり夜になったりする迫《せ》りつめた時をいうのであって、とかくに魚は今までちっとも出て来なかったのが、まづみになって急に出て来たりなんかするものです。吉の腹の中では、まづみに中《あ》てたいのですが、客はわざ
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