んで、舟首《みよし》近く、甲板《かっぱ》のさきの方に亙《わた》っている簪《かんこ》の右の方へ右の竿、左の方へ左の竿をもたせ、その竿尻《さおじり》をちょっと何とかした銘々《めいめい》の随意の趣向でちょいと軽く止めて置くのであります。そうして客は端然として竿先を見ているのです。船頭は客よりも後ろの次の間《ま》にいまして、丁度お供のような形に、先ずは少し右舷《うげん》によって扣《ひか》えております。日がさす、雨がふる、いずれにも無論のこと苫《とま》というものを葺《ふ》きます。それはおもての舟梁《ふなばり》とその次の舟梁とにあいている孔《あな》に、「たてじ」を立て、二のたてじに棟《むね》を渡し、肘木《ひじき》を左右にはね出させて、肘木と肘木とを木竿で連《つら》ねて苫を受けさせます。苫一枚というのは凡《およ》そ畳《たたみ》一枚より少し大きいもの、贅沢《ぜいたく》にしますと尺長《しゃくなが》の苫は畳一枚のよりよほど長いのです。それを四枚、舟の表《おもて》の間《ま》の屋根のように葺くのでありますから、まことに具合好く、長四畳《ながよじょう》の室《へや》の天井のように引いてしまえば、苫は十分に日も雨も防ぎますから、ちゃんと座敷のようになるので、それでその苫の下|即《すなわ》ち表の間――釣舟《つりぶね》は多く網舟《あみぶね》と違って表の間が深いのでありますから、まことに調子が宜《よろ》しい。そこへ茣蓙《ござ》なんぞ敷きまして、その上に敷物《しきもの》を置き、胡坐《あぐら》なんぞ掻《か》かないで正しく坐っているのが式《しき》です。故人|成田屋《なりたや》が今の幸四郎《こうしろう》、当時の染五郎《そめごろう》を連れて釣に出た時、芸道舞台上では指図を仰いでも、勝手にしなせいと突放《つっぱな》して教えてくれなかったくせに、舟では染五郎の座りようを咎《とが》めて、そんな馬鹿な坐りようがあるかと激しく叱ったということを、幸四郎さんから直接に聞きましたが、メナダ釣、ケイズ釣、すずき釣、下品でない釣はすべてそんなものです。
それで魚が来ましても、また、鯛の類というものは、まことにそういう釣をする人々に具合の好く出来ているもので、鯛の二段引きと申しまして、偶《たま》には一度にガブッと食べて釣竿を持って行くというようなこともありますけれども、それはむしろ稀有《けう》の例で、ケイズは大抵は一度釣竿の先へ
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