ら》ったのを溜《た》めておいたのをひそかに取り出す、足ごしらえも厳重にする、すっかり仕度《したく》をしてしまって釜川を背後《うしろ》に、ずんずんずんずんと川上に上った。やがて小《こ》一里も来たところで、さあここらから川の流れに分れて、もう今まで昼となく夜となく眼にしたり耳にしたりしていた笛吹川もこれが見納めとしなければならぬという場所にかかった。そこで歳《とし》こそ往《ゆ》かないが源三もなんとなく心淋しいような感じがするので、川の側《そば》の岩の上にしばし休んで、※[#「革+堂」、第3水準1−93−80、72−14]鞳《どうとう》と流れる水のありさまを見ながら、名づけようを知らぬ一種の想念《おもい》に心を満たしていた。そうするといずくからともなく人声が聞えるようなので、もとより人も通わぬこんなところで人声を聞こうとも思いがけなかった源三は、一度《ひとたび》は愕然《ぎょっ》として驚いたが耳を澄まして聞いていると、上の方からだんだんと近づいて来るその話声は、復《ふたた》び思いがけ無くもたしかに叔父の声音《こわね》だった。そこで源三は川から二三|間《けん》離《はな》れた大きな岩のわずかに裂《
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