いつ》の良案と信じている「甲府へ出て奉公住みする」という事をあえてしにくいので、自分が一刻も早く面白くない家を出てしまって世間へ飛び出したいという意《こころ》からは、お浪親子の親切を嬉しいとは思いながら難有迷惑《ありがためいわく》に思う気味もあるほどである。もちろんお浪親子がいかに一本路を見張っているにしても、その眼《め》を潜《くぐ》って甲府へ出ることはそれほどcIいことでは無いが、元は優しいので弱虫弱虫と他《ほか》の児童等《こどもたち》に云われたほどの源三には、その親切なお浪親子の家の傍を通ってその二人を出《だ》し抜《ぬ》くことが出来ないのであった。しかし家に居たく無い、出世がしたい、奉公に出たらよかろうと思わずにはいられない自分の身の上の事情は継続《けいぞく》しているので、小耳に挟《はさ》んだ人の談話《はなし》からついに雁坂を越えて東京へ出ようという心が着いた。
 東京は甲府よりは無論|佳《よ》いところである。雁坂を越して峠《とうげ》向うの水に随《つ》いてどこまでも下れば、その川は東京の中を流れている墨田川《すみだがわ》という川になる川だから自然と東京へ行ってしまうということを聞き
前へ 次へ
全40ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング