み合ってはいても互に意《こころ》の方向《むき》の異《ちが》っている二人の間に、たちまち一条の問答が始まった。
「どこへでも出て辛棒をするって、それじゃあやっぱり甲府へ出ようって云うんじゃあないか。」
とお浪は云い切って、しばし黙《だま》って源三の顔を見ていたが、源三が何とも答えないのを見て、
「そーれご覧《らん》、やっぱりそうしようと思っておいでのだろう。それあおまえも、品質《もの》が好いからって二合ばかりずつのお酒をその度々《たびたび》に釜川から一里もあるこの釜和原まで買いに遣《よこ》すような酷《ひど》い叔母様《おばさん》に使われて、そうして釣竿で打《ぶ》たれるなんて目に逢うのだから、辛《つら》いことも辛いだろうし口惜《くや》しいことも口惜しいだろうが、先日《せん》のように逃げ出そうと思ったりなんぞはしちゃあ厭だよ。ほんとに先日《いつか》の夜《ばん》だって吃驚《びっくり》したよ。いくら叔母さんが苛《ひど》いったって雪の降ってる中を無暗に逃げ出して来て、わたしの家《とこ》へも知らさないで、甲府へ出てしまって奉公しようと思うとって、夜にもなっているのにそっと此村《ここ》を通り抜けてしまお
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