する心を抱きながら、毛繻子《けじゆす》の大洋傘《おほかうもり》に色の褪せた制服、丈夫一点張りのボックスの靴といふ扮装《いでたち》で、五里七里歩く日もあれば、又汽車で十里二十里歩く日もある、取止めの無い漫遊の旅を続けた。
 憫む可し晩成先生、|嚢中自有[#レ]銭《なうちゆうおのづからせんあり》といふ身分では無いから、随分切詰めた懐《ふところ》でもつて物価の高くない地方、贅沢気味の無い宿屋※[#二の字点、1−2−22]※[#二の字点、1−2−22]を渡りあるいて、又機会や因縁があれば、客を愛する豪家や心置無い山寺なぞをも手頼つて、遂に福島県宮城県も出抜けて奥州の或|辺僻《へんぺき》の山中へ入つて仕舞つた。先生極真面目な男なので、俳句なぞは薄生意気な不良老年の玩物《おもちや》だと思つて居り、小説|稗史《はいし》などを読むことは罪悪の如く考へて居り、徒然草をさへ、余り良いものぢや無い、と評したといふ程だから、随分退屈な旅だつたらうが、それでもまだしも仕合せな事には少しばかり漢詩を作るので、それを唯一の旅中の楽にして、※[#「足へん+禹」、第3水準1−92−38]※[#二の字点、1−2−22]然
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