寸位づゝすかしてあるに過ぎぬので、中はもう大に暗かつた。此室《こゝ》が宜からうといふ蔵海の言のまゝ其室の前に立つて居ると、蔵海は其処だけ雨戸を繰つた。庭の樹※[#二の字点、1−2−22]は皆雨に悩んでゐた。雨は前にも増して恐しい量で降つて、老朽《おいく》ちてジグザグになつた板廂《いたびさし》からは雨水がしどろに流れ落ちる、見ると簷《のき》の端に生えて居る瓦葦《しのぶぐさ》が雨にたゝかれて、あやまつた、あやまつたといふやうに叩頭《おじぎ》して居るのが見えたり隠れたりしてゐる。空は雨に鎖されて、たゞさへ暗いのに、夜はもう逼つて来る。中※[#二の字点、1−2−22]広い庭の向ふの方はもう暗くなつてボンヤリとしてゐる。たゞもう雨の音ばかりザアッとして、空虚にちかい晩成先生の心を一ぱいに埋め尽してゐるが、ふと気が付くと其のザアッといふ音のほかに、また別にザアッといふ音が聞えるやうだ。気を留めて聞くと慥に別の音がある。ハテナ、彼の辺か知らんと、其の別の音のする方の雨煙濛※[#二の字点、1−2−22]たる見当へ首を向けて眼を遣ると、もう心安げになつた蔵海が一寸肩に触つて、
 あの音のするのが滝ですよ
前へ 次へ
全38ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング