たゞサアッと雨が降つてゐる。
 頼む。
 また呼んだ。例の如くやゝしばし音沙汰が無かつた。少し焦《じ》れ気味になつて、また呼ばうとした時、鼬《いたち》か大鼠かが何処かで動いたやうな音がした。すると頓《やが》て人の気はひがして、左方の上り段の上に閉ぢられてゐた間延びのした大きな障子が、がた/\と開かれて、鼠木綿が斑汚《むらよご》れした着附に、白が鼠になつた帯をぐる/\と所謂坊主巻に巻いた、五分苅では無い五分生えに生えた頭の十八か九の書生のやうな僮僕《どうぼく》のやうな若僧が出て来た。晩成先生も大分遊歴に慣れて来たので、此処で宿泊謝絶などを食はせられては堪らぬと思ふので、ずん/\と来意を要領よく話して、白紙に包んだ多少銭《なにがし》かを押付けるやうに渡して仕舞つた。若僧はそれでも坊主らしく、
 しばらく、
と、しかつめらしく挨拶を保留して置いて奥へ入つた。奥は大分深いかして何の音も聞えて来ぬ、シーンとしてゐる。外では雨がサアッと降つてゐる。
 土間の中の異つた方で音がしたと思ふと、若僧は別の口から土間へ下りて、小盥へ水を汲んで持つて来た。
 マ、兎に角御すゝぎをなさつて御上りなさいまし。

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