間遠に立つてゐる七八軒の家の前を過ぎた。何《ど》の家も人が居ないやうに岑閑《しんかん》としてゐた。そこを出抜けると成程寺の門が見えた。瓦に草が生えて居る。それが今雨に湿《ぬ》れてゐるので甚《ひど》く古びて重さうに見えるが、兎に角可なり其昔の立派さが偲ばれると同時に今の甲斐無さが明らかに現はれてゐるのであつた。門を入ると寺内は思ひのほかに廓落《くわらり》と濶《ひろ》くて、松だか杉だか知らぬが恐ろしい大きな木が有つたのを今より何年か前に斫つたと見えて、大きな切株の跡の上を、今降りつゝある雨がおとづれて其処に然様いふものの有ることを見せてゐた。右手に鐘楼が有つて、小高い基礎《いしずゑ》の周囲には風が吹寄せた木の葉が黄色く又は赭く湿れ色を見せて居り、中ぐらゐな大さの鐘が、漸く逼る暮色の中に、裾は緑青の吹いた明るさと、竜頭の方は薄暗さの中に入つて居る一種の物※[#二の字点、1−2−22]しさを示して寂寞と懸つてゐた。これだけの寺だから屋の棟の高い本堂が見えさうなものだが、それは回祿したのか何様か知らぬが眼に入らなくて、小高い処に庫裡様《くりやう》の建物があつた。それを目ざして進むと、丁度本堂仏
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