何となく妙な心持になって頭を動かして室内を見廻わした。洋燈《ランプ》の光がボーッと上を照らしているところに、煤《すす》びた額《がく》が掛っているのが眼に入った。間抜《まぬけ》な字体で何の語かが書いてある。一字ずつ心を留めて読んで見ると、
橋流水不流
とあった。橋流れて水流れず、橋流れて水流れず、ハテナ、橋流れて水流れず、と口の中で扱い、胸の中で咬《か》んでいると、忽《たちま》ち昼間渡った仮《かり》そめの橋が洶※[#二の字点、1−2−22]《きょうきょう》と流れる渓川《たにがわ》の上に架渡《かけわた》されていた景色が眼に浮んだ。水はどうどうと流れる、橋は心細く架渡《かけわた》されている。橋流れて水流れず。サテ何だか解らない。シーンと考え込んでいると、忽《たちま》ち誰だか知らないが、途方もない大きな声で
橋流れて水流れず
と自分の耳の側《はた》で怒鳴《どな》りつけた奴があって、ガーンとなった。
フト大噐氏は自《みずか》ら嘲《あざけ》った。ナンダこんな事、とかくこんな変な文句が額なんぞには書いてあるものだ、と放下《ほうげ》してしまって、またそこらを見ると、床《とこ》の間《ま》ではない、
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