惑わぬことは無かったろうが、そこは人の魂の沸《たぎ》り立って居る代である、左馬允は思い切って大力を出してとうとう氏郷を捻倒した。そこで、ヤア左馬允、汝は強い、と主人に笑って貰えれば上首尾なのだが、然様《そう》は行かなかった。忠三郎氏郷ウンと緊張した顔つきになって、無念である、サアもう一度来い、と力足を踏んで眼ざし鋭く再闘を挑んだ。観て居る者は気の毒で堪《たま》らない、オヤオヤ左馬允め、負ければ無事だろうが、勝った段にはもともと勘気を蒙《こうむ》った奴である、手討になるか何か知れた者では無いと危ぶんだ。左馬允も斯様《こう》なっては是非が無い、ここで負けては仮令《たとい》過まって負けたにしても軽薄者表裏者になると思ったから、油断なく一生懸命に捻合った。双方死力を出して争った末、とうとう左馬允は氏郷を遣付けた。其時はじめて氏郷は莞爾《かんじ》と笑って、好い奴だ、汝は此の乃公《おれ》に能《よ》う勝ったぞ、と褒美して、其の翌日知行米加増を出したという。此|談《はなし》の最初一度負けたところで、褒詞を左馬允に与えて済ます位のところなら、少し腹の大きい者には出来ることだが、二度目の取ッ組合をしたとこ
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