の世では無い、戦乱の世である。少しでも他に押込まれて男を棄てては生甲斐が無いのである。壱尺七八寸の大脇指は、珍重珍重。政宗は政宗だ、誰に遠慮がいろうか。元来政宗は又人に異った一[#(ト)]気象が有った者で、茶の湯を学んでから、そこは如何に政宗でも時代の風には捲込《まきこ》まれて、千金もする茶碗を買った。ところが其を玩賞《がんしょう》していた折から、ふと手を滑らせて其茶碗を落した。すると流石《さすが》大々名でもハッと思うて胸ドッキリと心が動いた。そこで政宗は自ら慚《は》じ自ら憤った。貴《たっと》いとは云え多寡が土細工の茶碗だ、それに俺ほどの者が心を動かしたのは何事だ、エエ忌々《いまいま》しい、と其の茶碗を把《と》って、ハッシ、庭前の石へ叩きつけて粉にして終《しま》ったということがある。千両の茶碗を叩きつけたところは些《ちと》癇癪《かんしゃく》が強過ぎるか知らぬが、物に囚《とら》われる心を砕いたところは千両じゃ廉《やす》いくらいだ。千両の茶碗をも叩ッ壊した其政宗が壱尺七八寸の叩き壊し道具を腰にして居る、何を叩き壊すか知れたものでは無い。そして其の対坐《むこうざ》に坐って居るのは、古い油筒を
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