取上げて三百年も後まで其器の名を伝えた氏郷である。片や割茶碗、片や油筒、好い取組である。
氏郷其日の容儀《ようぎ》は別に異様では無かった。「飛騨守殿|仕立《したて》は雨かゝりの脇指にて候」とある。少し不明であって精《くわ》しくは分らぬ。が、政宗の如きでは無く、尋常に優しかったのであろう。主人はじめ其他の人々も無論普通礼服で、法印等|法体《ほったい》の人々は直綴《じきとつ》などであったと思われる。何にせよ政宗の大脇指は目に立った。人々も目を着けて之を読んだろう。仲直り扱いの主人である又左衛門利家は又左衛門利家だけに流石に好かった。其大脇指に眼をやりながら、政宗殿にはだてなる御[#(ン)]仕立、と挨拶ながら当てた。綿の中に何かが有る言葉だ。実に味が有る。又左衛門大出来、大出来。太閤《たいこう》が死病の時、此人の手を押頂いて、秀頼の上を頼み聞えたが、実に太閤に頂かせるだけの手を此人は持っていたのだ。何とまあ好い言葉だろう、此時此場、此上に好い語は有るまい。政宗は古禅僧の徳山《とくさん》の意気である、それも慥《たしか》におもしろい。然し利家は徳山どころではない、大禅師だ。「政宗は殊のほか当りたる体にて候」と前田の臣下が書いて居るが、如何に政宗でも、扱い役である利家に対《むか》って此語を如何ともすることは出来無かったろう、殊のほか当ったに相違無い。然し政宗も悪くはなかった、遠国に候故、と云って謹んでおとなしくしたという。田舎者でござるから、というようなものだ。そこで盃が二ツ座上に出された。利家は座の中へ出て、殿下の意を伝え、諸大名も自分も双方の仲好からん事を望む趣意を挨拶し、双方へ盃を進め、酒礼宜しく有って、遂に無事円満に其席は終ってしまった。利家の威も強く徳もあり器量も有ったので上首尾に終ったのである、殿下が利家に此事を申付けられたのも御尤《ごもっとも》だった、というので秀吉までが讃《ほ》められて、氏郷政宗の仲直りは済んだ。「だてなる御仕立」は実に好かった。「だて」という語は伊達家の衣裳持物の豪華から起ったの、朝鮮陣の時に政宗の臣遠藤宗信や原田宗時等が非常に大きな刀や薙刀《なぎなた》などを造ったから起ったのだなどと云うのは疑わしい。も少し古くから存した言葉だろう。
天正二十年即ち文禄元年、彼の朝鮮陣が起ったので、氏郷は会津に在城していたが上洛《じょうらく》の途に上った。白河を越え、下野にかかり、遊行上人に道しるべした柳の陰に歌を詠じ、それから那須野が原へとかかった。茫々《ぼうぼう》たる曠野、草莱《そうらい》いたずらに茂って、千古ただ有るがままに有るのみなのを見て、氏郷は「世の中にわれは何をかなすの原なすわざも無く年や経ぬべき」と歎《たん》じた。歌のおもては勿論那須野が原の世に何の益をもなさで今後も甲斐なく年を経るであろうかと歎じたのである。然し歌は顕昭|阿闍黎《あじゃり》の論じた如く、詩は祇園南海の説いた如く、其裏に汲めば汲むべき意の自然に存して居るものである。此歌を味わえば氏郷が身|漸《ようや》く老いんとして志未だ遂げざるをば自ら悲み歎じたさまが思い浮められる。それから佐野の舟橋を過ぎ信濃へ入ったところ、火を有《も》つ浅間の山の煙は濛々《もうもう》漠々として天を焦して居る。そこで「信濃なる浅間の岳《たけ》は何を思ふ」と詠み掛けたりなぞしている。自分が日頃胸を焦がして思うところが有るからであったろう。
肥前名護屋に在って太閤《たいこう》に侍して居た頃、太閤が朝鮮陣の思うようにならぬを悦《よろこ》ばずして、我みずから中軍を率い、前田利家を右軍、蒲生氏郷を左軍にして渡海しようと云った時、氏郷が大《おおい》に悦んで、人生は草葉の露、願わくは思うさま働きて、と云ったことは名高い談《はなし》である。其事は実現し無かったけれども、氏郷の英雄の意気と、太閤に頼もしく思われた程度とは想察に余りある。氏郷が病死したのは文禄四年二月七日で、齢《よわい》は四十歳で有ったが、其死後右筆頭の満田長右衛門が或時氏郷の懸硯《かけすずり》を開いて、「朝鮮へ国替《くにかへ》仰せ付けられたく、一類|眷属《けんぞく》悉《こと/″\》く引率して彼地へ渡り、直ちに大明《だいみん》に取って掛り、事果てぬ限りは帰国|仕《つかまつ》るまじき旨の目安《めやす》」を作り置かれしが、これを上《たてまつ》らるるに及ばずして御寿命が尽きさせられた、と歎じたという。これをケチな史家共は、太閤に其材能を忌まれたから、氏郷が自ら安んぜずして然様《そう》いう考を起したのであるというが、そんな蝨《しらみ》ッたかりの秀吉でもない氏郷でもない、九尺|梯子《ばしご》は九尺梯子で、後の太平の世に生れて女飯《おんなめし》を食った史伝家輩は、元亀天正の丈高い人を見損う傾がある。
太閤が氏郷を忌んで、石田三
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