堕《おと》す。時に取っての祥《さが》とも覚えられぬを、あな喜ばしの祥兆といえるは、余りに強言《きょうげん》に聞えければ、燕王も堪《こら》えかねて、和尚《おしょう》何というぞや、いずくにか祥兆たるを得る、と口を突いてそゞろぎ罵《ののし》る。道衍騒がず、殿下|聞《きこ》しめさずや、飛龍天に在れば、従うに風雨を以《もっ》てすと申す、瓦《かわら》墜《お》ちて砕けぬ、これ黄屋《こうおく》に易《かわ》るべきのみ、と泰然として対《こた》えければ、王も頓《とみ》に眉《まゆ》を開いて悦《よろこ》び、衆将も皆どよめき立って勇みぬ。彼《かの》邦《くに》の制、天子の屋《おく》は、葺《ふ》くに黄瓦《こうが》を以てす、旧瓦は用無し、まさに黄なるに易《かわ》るべし、といえる道衍が一語は、時に取っての活人剣、燕王宮中の士気をして、勃然《ぼつぜん》凛然《りんぜん》、糾々然《きゅうきゅうぜん》、直《ただち》にまさに天下を呑《の》まんとするの勢《いきおい》をなさしめぬ。
 燕王は護衛指揮張玉朱能等をして壮士八百人をして入って衛《まも》らしめぬ。矢石《しせき》未《いま》だ交《まじわ》るに至らざるも、刀鎗《とうそう》既に互《た
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