》ともに艱《かた》く、左思右慮《さしゆうりょ》、心|終《つい》に決する能わねば、苦悶《くもん》の色は面にもあらわれたり。信が母疑いて、何事のあればにや、汝《なんじ》の深憂太息することよ、と詰《なじ》り問う。信是非に及ばず、事の始末を告ぐれば、母|大《おおい》に驚いて曰く、不可なり、汝が父の興《こう》、毎《つね》に言えり王気《おうき》燕に在りと、それ王者は死せず、燕王は汝の能《よ》く擒《とりこ》にするところにあらざるなり、燕王に負《そむ》いて家を滅することなかれと。信|愈々《いよいよ》惑《まど》いて決せざりしに、勅使信を促すこと急なりければ、信|遂《つい》に怒って曰く、何ぞ太甚《はなはだ》しきやと。乃《すなわち》ち意を決して燕邸に造《いた》る。造ること三たびすれども、燕王疑いて而して辞し、入ることを得ず。信婦人の車に乗じ、径《ただ》ちに門に至りて見《まみ》ゆることを求め、ようやく召入《めしい》れらる。されども燕王|猶《なお》疾《やまい》を装いて言《ものい》わず。信曰く、殿下|爾《しか》したもう無かれ、まことに事あらば当《まさ》に臣に告げたもうべし、殿下もし情《じょう》を以て臣に語りたまわ
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