《かん》、史に曲筆多し、今|新《あらた》に史徴を得るあるにあらざれば、疑《うたがい》を存せんのみ、確《たしか》に知る能《あた》わざる也。


 太祖の崩ぜるは閏《うるう》五月なり、諸王の入京《にゅうけい》を遏《とど》められて悦《よろこ》ばずして帰れるの後、六月に至って戸部侍郎《こぶじろう》卓敬《たくけい》というもの、密疏《みっそ》を上《たてまつ》る。卓敬|字《あざな》は惟恭《いきょう》、書を読んで十行|倶《とも》に下ると云《い》われし頴悟聡敏《えいごそうびん》の士、天文地理より律暦兵刑に至るまで究《きわ》めざること無く、後に成祖《せいそ》をして、国家|士《し》を養うこと三十年、唯《ただ》一卓敬を得たりと歎《たん》ぜしめしほどの英才なり。※[#「魚+更」、第3水準1−94−42]直慷慨《こうちょくこうがい》にして、避くるところ無し。嘗《かつ》て制度|未《いま》だ備わらずして諸王の服乗《ふくじょう》も太子に擬せるを見、太祖に直言して、嫡庶《ちゃくしょ》相《あい》乱《みだ》り、尊卑序無くんば、何を以《もっ》て天下に令せんや、と説き、太祖をして、爾《なんじ》の言《げん》是《ぜ》なり、と曰《い》
前へ 次へ
全232ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング