い》に皇覚寺《こうかくじ》に入りて僧と為《な》り、食《し》を得んが為《ため》に合※[#「さんずい+肥」、第3水準1−86−85]《ごうひ》に至り、光《こう》固《こ》汝《じょ》頴《えい》の諸州に托鉢《たくはつ》修行し、三歳の間は草鞋《そうあい》竹笠《ちくりゅう》、憂《う》き雲水の身を過したまえりという。帝は太祖の皇孫と生れさせたまいて、金殿玉楼に人となりたまいたれども、如是因《にょぜいん》、如是縁《にょぜえん》、今また袈裟《けさ》念珠《ねんじゅ》の人たらんとす。不思議というも余《あま》りあり。程済|即《すなわ》ち御意に従いて祝髪《しゅくはつ》しまいらす。万乗の君主金冠を墜《おと》し、剃刀《ていとう》の冷光|翠髪《すいはつ》を薙《な》ぐ。悲痛何ぞ能《よ》く堪《た》えんや。呉王《ごおう》の教授|揚応能《ようおうのう》は、臣が名|度牒《どちょう》に応ず、願わくは祝髪して随《したが》いまつらんと白《もう》す。監察御史《かんさつぎょし》葉希賢《しょうきけん》、臣が名は賢《けん》、応賢《おうけん》たるべきこと疑《うたがい》無しと白《もう》す。各《おのおの》髪を剃《そ》り衣《い》を易《か》えて牒《ちょ
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