し、孔孟の学を為《な》し、伊周《いしゅう》の事に任ぜんとす。然《しか》れども其《そ》の文章|亦《また》おのずから佳、前人評して曰く、醇※[#「广+龍」、第3水準1−94−86]博朗《じゅんほうばくろう》[#「醇※[#「广+龍」、第3水準1−94−86]博朗」は底本では「醇※[#「厂+龍」、348−9]博朗」]、沛乎《はいこ》として余《あまり》有り、勃乎《ぼっこ》として禦《ふせ》ぐ莫《な》しと。又曰く、醇深雄邁《じゅんしんゆうまい》と。其の一大文豪たる、世もとより定評あり、動かす可からざるなり。詩は蓋《けだ》し其の心を用いるところにあらずと雖も、亦おのずから観《み》る可し。其の王仲縉感懐《おうちゅうしんかんかい》の韻《いん》に次《じ》する詩の末に句あり、曰く
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壮士 千載《せんざい》の心、
豈《あに》憂へんや 食《し》と衣《い》とを。
由来 海《かい》に浮《うか》ばんの志、
是《こ》れ 軒冕《けんべん》の姿にあらず。
人生 道を聞くを尚《たっと》ぶ、
富貴 復《また》奚《なに》為《す》るものぞ。
賢にして有り 陋巷《ろうこう》の楽《たのしみ》、
聖にして有り 西山
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