《せいざん》の饑《うえ》。
頤《おとがい》を朶《た》る 失ふところ多し、
苦節 未《いま》だ非とす可からず。
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 道衍《どうえん》は豪傑なり、孝孺は君子なり。逃虚子《とうきょし》は歌って曰く、苦節|貞《かた》くすべからずと。遜志斎《そんしさい》は歌って曰く、苦節未だ非とす可からずと。逃虚子は吟じて曰く、伯夷量《はくいりょう》何ぞ隘《せま》きと。遜志斎は吟じて曰く、聖にして有り西山の饑《うえ》と。孝孺又其の※[#「さんずい+「勞」の「力」に代えて「糸」」、UCS−7020、380−4]陽《えいよう》[#ルビの「えいよう」は底本では「けいよう」]を過《よ》ぎるの詩の中の句に吟じて曰く、之に因《よ》って首陽《しゅよう》を念《おも》う、西顧《せいこ》すれば清風《せいふう》生ずと。又|乙丑中秋後《いっちゅうちゅうしゅうご》二日|兄《あに》に寄する詩の句に曰く、苦節|伯夷《はくい》を慕うと。人異なれば情異なり、情異なれば詩異なり。道衍は僧にして、※[#「角+光」、第3水準1−91−91]籌《こうちゅう》又何ぞ数えんといいて、快楽主義者の如く、希直《きちょく》は俗にして、飲
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