て此詩を録して人に視《しめ》すの時、書して曰く、前輩《せんぱい》後学《こうがく》を勉《つと》めしむ、惓惓《けんけん》の意《こころ》、特《ひと》り文辞のみに在《あ》らず、望むらくは相《あい》与《とも》に之を勉めんと。臨海《りんかい》の林佑《りんゆう》、葉見泰《しょうけんたい》等《ら》、潜渓の詩に跋《ばつ》して、又|各《みな》宋太史《そうたいし》の期望に酬《むく》いんことを孝孺に求む。孝孺は果して潜渓に負《そむ》かざりき。
孝孺《こうじゅ》の集《しゅう》は、其《その》人《ひと》天子の悪《にく》むところ、一世の諱《い》むところとなりしを以《もっ》て、当時絶滅に帰し、歿後《ぼつご》六十年にして臨海《りんかい》の趙洪《ちょうこう》が梓《し》に附せしより、復《また》漸《ようや》く世に伝わるを得たり。今|遜志斎集《そんしさいしゅう》を執って之《これ》を読むに、蜀王《しょくおう》が所謂《いわゆる》正学先生《せいがくせんせい》の精神面目|奕々《えきえき》として儼存《げんそん》するを覚ゆ。其《そ》の幼儀《ようぎ》雑箴《ざっしん》二十首を読めば、坐《ざ》、立《りつ》、行《こう》、寝《しん》より、言《げ
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