まさ》に開かん。
高きに登りて 日に盻望《べんぼう》し、
子《し》が能《よ》く 重ねて来《きた》るを遅《ま》たむ。
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 其《その》才を称《しょう》し、其学を勧め、其《そ》の流れて文辞の人とならんことを戒め、其の奮《ふる》って聖賢の域に至らんことを求め、他日|復《また》再び大道を論ぜんことを欲す。潜渓《せんけい》が孝孺に対する、称許《しょうきょ》も甚だ至り、親切も深く徹するを見るに足るものあり。嗚呼《ああ》、老先生、孰《たれ》か好学生を愛せざらん、好学生、孰《たれ》か老先生を慕わざらん。孝孺は其翌年|丁巳《ていし》、経《けい》を執って浦陽《ほよう》に潜渓に就《つ》きぬ。従学四年、業|大《おおい》に進んで、潜渓門下の知名の英俊、皆其の下《しも》に出で、先輩|胡翰《こかん》も蘇伯衡《そはくこう》も亦《また》自《みずか》ら如《し》かずと謂《い》うに至れり。洪武十三年の秋、孝孺が帰省するに及び、潜渓が之《これ》を送る五十四|韻《いん》の長詩あり。其《その》引《いん》の中《うち》に記して曰く、細《つまび》らかに其の進修の功を占《と》うに、日々に異《こと》なるありて、月々に
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