、宮人|内侍《ないじ》を詰《なじ》りて、建文帝の所在を問いたもうに、皆|馬《ば》皇后の死したまえるところを指して応《こた》う。乃《すなわ》ち屍《かばね》を※[#「火+畏」、第3水準1−87−57]燼中《かいじんちゅう》より出して、之《これ》を哭《こく》し、翰林侍読《かんりんじどく》王景《おうけい》を召して、葬礼まさに如何《いかん》すべき、と問いたもう。景|対《こた》えて曰く、天子の礼を以てしたもうべしと。之に従う。
 建文帝の皇考《おんちち》興宗孝康《こうそうこうこう》皇帝の廟号《びょうごう》を去り、旧《もと》の諡《おくりな》に仍《よ》りて、懿文《いぶん》皇太子と号し、建文帝の弟|呉王《ごおう》允※[#「火+通」、UCS−71A5、339−9]《いんとう》を降《くだ》して広沢王《こうたくおう》とし、衛王《えいおう》允※[#「火+堅」、UCS−719E、339−9]《いんけん》を懐恩王《かいおんおう》となし、除王《じょおう》允※[#「熈」の「ノ」に代えて「冫」、第3水準1−87−58]《いんき》を敷恵王《ふけいおう》となし、尋《つい》で復《また》庶人《しょじん》と為《な》ししが、諸王|後
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