《のち》皆|其《その》死《し》を得ず。建文帝の少子《しょうし》は中都《ちゅうと》広安宮《こうあんきゅう》に幽せられしが、後《のち》終るところを知らず。


 魏国公《ぎこくこう》徐輝祖《じょきそ》、獄に下さるれども屈せず、諸武臣皆帰附すれども、輝祖|始終《しじゅう》帝を戴《いただ》くの意無し。帝|大《おおい》に怒れども、元勲|国舅《こくきゅう》たるを以て誅《ちゅう》する能《あた》わず、爵を削って之を私第《してい》に幽するのみ。輝祖は開国の大功臣たる中山王《ちゅうさんおう》徐達《じょたつ》の子にして、雄毅《ゆうき》誠実、父|達《たつ》の風骨あり。斉眉山《せいびざん》の戦《たたかい》、大《おおい》に燕兵を破り、前後数戦、毎《つね》に良将の名を辱《はずかし》めず。其《その》姉は即《すなわ》ち燕王の妃《ひ》にして、其弟|増寿《ぞうじゅ》は京師《けいし》に在りて常に燕の為《ため》に国情を輸《いた》せるも、輝祖独り毅然《きぜん》として正しきに拠《よ》る。端厳の性格、敬虔《けいけん》の行為、良将とのみ云《い》わんや、有道の君子というべきなり。
 兵部尚書《へいぶしょうしょ》鉄鉉《てつげん》、執《とら
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