揚げ、赫々《かくかく》の光を放ちて、天下万民を悦服せしめしばかりの後《のち》なれば、かゝる不祥の事は起るべくもあらぬ時代なり。さるを其《そ》[#ルビの「そ」は底本では「その」]の是《かく》の如《ごと》くなるに至りし所以《ゆえん》は、天意か人為かはいざ知らず、一|波《ぱ》動いて万波動き、不可思議の事の重畳《ちょうじょう》連続して、其の狂濤《きょうとう》は四年の間の天地を震撼《しんかん》し、其の余瀾《よらん》は万里の外の邦国に漸浸《ぜんしん》するに及べるありしが為《ため》ならずばあらず。
 建文皇帝|諱《いみな》は允※[#「火+文」、第4水準2−79−61]《いんぶん》、太祖高皇帝の嫡孫なり。御父《おんちち》懿文《いぶん》太子、太祖に紹《つ》ぎたもうべかりしが、不幸にして世を早うしたまいぬ。太祖時に御齢《おんとし》六十五にわたらせ給《たま》いければ、流石《さすが》に淮西《わいせい》の一布衣《いっぷい》より起《おこ》って、腰間《ようかん》の剣《けん》、馬上の鞭《むち》、四百余州を十五年に斬《き》り靡《なび》けて、遂に帝業を成せる大豪傑も、薄暮に燭《しょく》を失って荒野の旅に疲れたる心地やしけ
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