て繞《めぐ》って敵の後《うしろ》に出づ。時に徐輝祖《じょきそ》の軍至る。甲戌《こうじゅつ》大《おおい》に斉眉山《せいびざん》に戦う。午《うま》より酉《とり》に至りて、勝負《しょうはい》相《あい》当《あた》り、燕の驍将《ぎょうしょう》李斌《りひん》死す。燕|復《また》遂に克《か》つ能《あた》わず。南軍|再捷《さいしょう》して振《ふる》い、燕は陳文《ちんぶん》、王真《おうしん》、韓貴《かんき》、李斌等を失い、諸将皆|懼《おそ》る。燕王に説いて曰く、軍深く入りたり、暑雨連綿として、淮土《わいど》湿蒸に、疾疫《しつえき》漸《ようや》く冒さんとす。小河の東は、平野にして牛羊多く、二|麦《ばく》まさに熟せんとす。河を渡り地を択《えら》み、士馬を休息せしめ、隙《げき》を観《み》て動くべきなりと。燕王曰く、兵の事は進《しん》ありて退《たい》無し。勝形成りて而して復《また》北に渡らば、将士解体せざらんや、公等の見る所は、拘攣《こうれん》するのみと。乃《すなわ》ち令を下して曰く、北せんとする者は左せよ、北せざらんとする者は右せよと。諸将多く左に趨《はし》る。王|大《おおい》に怒って曰く、公等みずから之を為
前へ
次へ
全232ページ中124ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング