7−85]」]を遣《や》りて、燕王及び諸将士の罪を赦《ゆる》して、本国に帰らしむることを詔《みことのり》し、燕軍を散ぜしめて、而して大軍を以《もっ》て其《その》後《あと》に躡《つ》かしめんとす。※[#「山/品」、第3水準1−47−85]《がん》到りて却《かえ》って燕王の機略威武の服するところとなり、帰って燕王の語|直《ちょく》にして意|誠《まこと》なるを奏し、皇上|権奸《けんかん》を誅《ちゅう》し、天下の兵を散じたまわば、臣|単騎《たんき》闕下《けっか》に至らんと、云える燕王の語を奏す。帝|方孝孺《ほうこうじゅ》に語りたまわく、誠に※[#「山/品」、第3水準1−47−85]の言の如くならば、斉黄《せいこう》我を誤るなりと。孝孺|悪《にく》みて曰く、※[#「山/品」、第3水準1−47−85]の言、燕の為《ため》に游説《ゆうぜい》するなりと。五月、呉傑、平安、兵を発して北平の糧道を断つ。燕王、指揮《しき》武勝《ぶしょう》を遣《や》りて、朝廷兵を罷《や》むるを許したまいて、而して糧を絶ち北を攻めしめたもうは、前詔《ぜんしょう》と背馳《はいち》すと奏す。帝書を得て兵を罷《や》むるの意あり。方孝
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