、意|稍《やや》休まんことを欲す。道衍曰く、両日は昌|也《なり》、東昌の事|了《おわ》る、此《これ》より全勝ならんのみと。益々《ますます》士を募り勢《いきおい》を鼓《こ》す。建文三年二月、燕王自ら文を撰《せん》し、流涕《りゅうてい》して陣亡の将士張玉等を祭り、服するところの袍《ほう》を脱して之《これ》を焚《や》き、以て亡者《ぼうしゃ》に衣《き》するの意をあらわし、曰く、其《そ》れ一|糸《し》と雖《いえど》もや、以て余が心を識《し》れと。将士の父兄子弟|之《これ》を見て、皆感泣して、王の為《ため》に死せんと欲す。
 燕王|遂《つい》に復《また》師を帥《ひき》いて出《い》づ。諸将士を諭《さと》して曰く、戦《たたかい》の道、死を懼《おそ》るゝ者は必ず死し、生《せい》を捐《す》つる者は必ず生く、爾《なんじ》等《ら》努力せよと。三月、盛庸《せいよう》と來河《きょうが》に遇《あ》う。燕将|譚淵《たんえん》、董中峰《とうちゅうほう》等《ら》、南将|荘得《そうとく》と戦って死し、南軍|亦《また》荘得《そうとく》、楚知《そち》、張皀旗《ちょうそうき》等を失う。日暮れ、各《おのおの》兵を斂《おさ》めて営に
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