ずして必ず噬臍《ぜいせい》の悔《くい》あらん、というに在《あ》り。其の論、彝倫《いりん》を敦《あつ》くし、動乱を鎮《しず》めんというは可なり、斉泰黄子澄を非とするも可なり、たゞ時|既《すで》に去り、勢《いきおい》既に成るの後に於て、此《この》言あるも、嗚呼《ああ》亦|晩《おそ》かりしなり。帝|遂《つい》に用いたまわず。
景隆の炳文《へいぶん》に代るや、燕王其の五十万の兵を恐れずして、其の五|敗兆《はいちょう》を具せるを指摘し、我|之《これ》を擒《とりこ》にせんのみ、と云い、諸将の言を用いずして、北平《ほくへい》を世子《せいし》に守らしめ、東に出でゝ、遼東《りょうとう》の江陰侯《こういんこう》呉高《ごこう》を永平より逐《お》い、転じて大寧《たいねい》に至りて之を抜き、寧《ねい》王を擁して関《かん》に入る。景隆は燕王の大寧を攻めたるを聞き、師を帥《ひき》いて北進し、遂に北平を囲みたり。北平の李譲《りじょう》、梁明《りょうめい》等《ら》、世子《せいし》を奉じて防守甚だ力《つと》むと雖《いえど》も、景隆が軍|衆《おお》くして、将も亦《また》雄傑なきにあらず、都督《ととく》瞿能《くのう》の如き、張掖門《ちょうえきもん》に殺入して大《おおい》に威勇を奮い、城|殆《ほとん》ど破る。而《しか》も景隆の器《き》の小なる、能の功を成すを喜ばず、大軍の至るを俟《ま》ちて倶《とも》に進めと令し、機に乗じて突至せず。是《ここ》に於て守る者|便《べん》を得、連夜水を汲《く》みて城壁に灌《そそ》げば、天寒くして忽《たちま》ち氷結し、明日に至れば復《また》登ることを得ざるが如きことありき。燕王は予《あらかじ》め景隆を吾が堅城の下に致して之を殱《つく》さんことを期せしに、景隆既に※[#「(士/冖/一/弓)+殳」、第3水準1−84−25]《やごろ》に入り来《きた》りぬ、何ぞ箭《や》を放たざらんや。大寧より還《かえ》りて会州《かいしゅう》に至り、五軍を立てゝ、張玉を中軍に、朱能を左軍に、李彬《りひん》を右軍《ゆうぐん》に、徐忠《じょちゅう》を前軍に、降将|房寛《ぼうかん》を後軍に将たらしめ、漸《ようや》く南下して京軍《けいぐん》と相対したり。十一月、京軍の先鋒《せんぽう》陳暉《ちんき》、河を渡りて東す。燕王兵を率いて至り、河水の渡り難きを見て黙祷《もくとう》して曰く、天|若《も》し予を助けんには、河水氷結せよと。夜に至って氷|果《はた》して合す。燕の師勇躍して進み、暉《き》の軍を敗る。景隆の兵動く。燕王左右軍を放って夾撃《きょうげき》し、遂に連《しき》りに其七営を破って景隆の営に逼《せま》る。張玉|等《ら》も陣を列《つら》ねて進むや、城中も亦《また》兵を出して、内外|交《こもごも》攻む。景隆支うる能《あた》わずして遁《のが》れ、諸軍も亦|粮《かて》を棄《す》てゝ奔《はし》る。燕の諸将|是《ここ》に於て頓首《とんしゅ》して王の神算及ぶ可《べ》からずと賀す。王|曰《いわ》く、偶中《ぐうちゅう》のみ、諸君の言えるところは皆万全の策なりしなりと。前には断じて後には謙《けん》す。燕王が英雄の心を攬《と》るも巧《たくみ》なりというべし。
景隆が大軍功無くして、退いて徳州《とくしゅう》に屯す。黄子澄|其《その》敗《はい》を奏せざるを以《もっ》て、十二月に至って却《かえ》って景隆に太子《たいし》太師《たいし》を加う。燕王は南軍をして苦寒に際して奔命に疲れしめんが為に、師を出して広昌《こうしょう》を攻めて之を降す。
前に疏《そ》を上《たてまつり》りて、諸藩を削るを諫《いさ》めたる高巍《こうぎ》は、言用いられず、事|遂《つい》に発して天下動乱に至りたるを慨《なげ》き、書を上《たてまつり》りて、臣願わくは燕に使《つかい》して言うところあらんと請い、許されて燕に至り、書を燕王に上《たてまつり》りたり。其《その》略に曰く、太祖《たいそ》[#「太祖」は底本では「大祖」]升遐《しょうか》したまいて意《おも》わざりき大王と朝廷と隙《げき》あらんとは。臣おもえらく干戈《かんか》を動かすは和解に若《し》かずと。願わくは死を度外に置きて、親しく大王に見《まみ》えん。昔周公流言を聞きては、即《すなわ》ち位を避けて東に居《い》たまいき。若《も》し大王|能《よ》く首計《しゅけい》の者を斬《き》りたまい、護衛の兵を解き、子孫を質《しち》にし、骨肉|猜忌《さいき》の疑《うたがい》を釈《と》き、残賊離間の口を塞《ふさ》ぎたまわば、周公と隆《さか》んなることを比すべきにあらずや。然《しか》るを慮《おもんばかり》こゝに及ばせたまわで、甲兵を興し彊宇《きょうう》を襲いたもう。されば事に任ずる者、口に藉《し》くことを得て、殿下文臣を誅《ちゅう》することを仮りて実は漢の呉《ご》王の七国に倡《とな》えて晁錯《ちょうさく
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