称し、道衍《どうえん》を帷幄《いあく》の謀師とし、金忠《きんちゅう》を紀善《きぜん》として機密に参ぜしめ、張玉、朱能、丘福《きゅうふく》を都指揮|僉事《せんじ》とし、張※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]部下にして内通せる李友直《りゆうちょく》を布政司《ふせいし》参議《さんぎ》と為《な》し、乃《すなわ》ち令を下して諭して曰く、予は太祖高皇帝の子なり、今|奸臣《かんしん》の為に謀害せらる。祖訓に云《い》わく、朝《ちょう》に正臣無く、内に奸逆《かんぎゃく》あれば、必ず兵を挙げて誅討《ちゅうとう》し、以《もっ》て君側の悪を清めよと。こゝに爾《なんじ》将士を率いて之を誅せんとす。罪人既に得ば、周公の成王《せいおう》を輔《たす》くるに法《のっ》とらん。爾《なんじ》等《ら》それ予が心を体せよと。一面には是《かく》の如くに将士に宣言し、又一面には書を帝に上《たてまつ》りて曰く、皇考太祖高皇帝、百戦して天下を定め、帝業を成し、之を万世に伝えんとして、諸子を封建したまい、宗社を鞏固《きょうこ》にして、盤石の計を為《な》したまえり。然《しか》るに奸臣《かんしん》斉泰《せいたい》黄子澄《こうしちょう》、禍心を包蔵し、※[#「木+肅」、UCS−6A5A、292−11]《しゅく》、榑《ふ》、栢《はく》、桂《けい》、※[#「木+便」、第4水準2−15−14]《べん》の五弟、数年ならずして、並びに削奪《さくだつ》せられぬ、栢《はく》や尤《もっとも》憫《あわれ》むべし、闔室《こうしつ》みずから焚《や》く、聖仁|上《かみ》に在り、胡《なん》ぞ寧《なん》ぞ此《これ》に忍ばん。蓋《けだし》陛下の心に非ず、実に奸臣の為《な》す所ならん。心|尚《なお》未《いま》だ足らずとし、又以て臣に加う。臣|藩《はん》を燕に守ること二十余年、寅《つつし》み畏《おそ》れて小心にし、法を奉じ分《ぶん》に循《したが》う。誠に君臣の大分《たいぶん》、骨肉の至親なるを以て、恒《つね》に思いて慎《つつしみ》を加う。而《しか》るに奸臣|跋扈《ばっこ》し、禍を無辜《むこ》に加え、臣が事を奏するの人を執《とら》えて、※[#「竹かんむり/垂」、UCS−7BA0、293−5]楚《すいそ》[#「※[#「竹かんむり/垂」、UCS−7BA0、293−5]楚」は底本では「※[#「竹かんむり/「垂」の「ノ」の下に「一」を加える」、293−5]楚」]刺※[#「執/糸」、UCS−7E36、293−5]《ししつ》し、備《つぶ》さに苦毒を極め、迫りて臣|不軌《ふき》を謀ると言わしめ、遂に宋忠、謝貴、張※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]等を北平城の内外に分ち、甲馬は街衢《がいく》に馳突《ちとつ》し、鉦鼓《しょうこ》は遠邇《えんじ》に喧鞠《けんきく》し、臣が府を囲み守る。已《すで》にして護衛の人、貴※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]《きへい》を執《とら》え、始めて奸臣|欺詐《ぎさ》の謀を知りぬ。窃《ひそか》に念《おも》うに臣の孝康《こうこう》皇帝に於《お》けるは、同父母兄弟なり、今陛下に事《つか》うるは天に事うるが如きなり。譬《たと》えば大樹を伐《き》るに、先ず附枝《ふし》を剪《き》るが如し、親藩既に滅びなば、朝廷孤立し、奸臣志を得んには、社稷《しゃしょく》危《あやう》からん。臣|伏《ふ》して祖訓を覩《み》るに云《い》えることあり、朝《ちょう》に正臣無く、内に奸悪あらば、則《すなわ》ち親王兵を訓して命を待ち、天子|密《ひそ》かに諸王に詔《みことのり》し、鎮兵を統領して之を討平せしむと。臣謹んで俯伏《ふふく》して命を俟《ま》つ、と言辞を飾り、情理を綺《いろ》えてぞ奏しける。道衍|少《わか》きより学を好み詩を工《たくみ》にし、高啓《こうけい》と友とし善《よ》く、宋濂《そうれん》にも推奨《すいしょう》され、逃虚子集《とうきょししゅう》十巻を世に留めしほどの文才あるものなれば、道衍や筆を執りけん、或《あるい》は又金忠の輩や詞《ことば》を綴《つづ》りけん、いずれにせよ、柔を外にして剛を懐《いだ》き、己《おのれ》を護《まも》りて人を責むる、いと力ある文字なり。卒然として此《この》書《しょ》のみを読めば、王に理ありて帝に理なく、帝に情《じょう》無くして王に情あるが如く、祖霊も民意も、帝を去り王に就く可《べ》きを覚ゆ。されども擅《ほしいまま》に謝張を殺し、妄《みだり》に年号を去る、何ぞ法を奉ずると云わんや。後苑《こうえん》に軍器を作り、密室に機謀を錬る、これ分《ぶん》に循《したが》うにあらず。君側の奸を掃《はら》わんとすと云うと雖《いえど》も、詔無くして兵を起し、威を恣《ほしいまま》にして地を掠《かす》む。其《その》辞《じ》は則《すなわ》ち可なるも、其実は則ち非なり。飜って思うに斉泰黄子澄の輩の、必ず諸王を削奪せんとす
前へ
次へ
全58ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
幸田 露伴 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング