るも、亦《また》理に於て欠け、情に於て薄し。夫《そ》れ諸王を重封せるは、太祖の意に出づ。諸王未だ必ずしも反せざるに、先ず諸王を削奪せんとするの意を懐《いだ》いて諸王に臨むは、上《かみ》は太祖の意を壊《やぶ》り、下《しも》は宗室の親《しん》を破るなり。三年父の志を改めざるは、孝というべし。太祖崩じて、抔土《ほうど》未だ乾《かわ》かず、直《ただち》に其意を破り、諸王を削奪せんとするは、是《こ》れ理に於《おい》て欠け情に於て薄きものにあらずして何ぞや。斉黄の輩の為さんとするところ是《かく》の如くなれば、燕王等手を袖にし息を屏《しりぞ》くるも亦《また》削奪罪責を免《まぬ》かれざらんとす。太祖の血を承《う》けて、英雄傑特の気象あるもの、いずくんぞ俛首《べんしゅ》して寃《えん》に服するに忍びんや。瓜《うり》を投じて怒罵《どば》するの語、其中に機関ありと雖《いえど》も、又|尽《ことごと》く偽詐《ぎさ》のみならず、本《もと》より真情の人に逼《せま》るに足るものあるなり。畢竟《ひっきょう》両者|各《おのおの》理あり、各|非理《ひり》ありて、争鬩《そうげい》則《すなわ》ち起り、各|情《じょう》なく、各真情ありて、戦闘則ち生ぜるもの、今に於て誰《たれ》か能《よ》く其の是非を判せんや。高巍《こうぎ》の説は、敦厚《とんこう》悦《よろこ》ぶ可《べ》しと雖も、時既に晩《おそ》く、卓敬《たくけい》の言は、明徹用いるに足ると雖も、勢|回《かえ》し難く、朝旨の酷責すると、燕師《えんし》の暴起すると、実に互《たがい》に已《や》む能《あた》わざるものありしなり。是れ所謂《いわゆる》数《すう》なるものか、非《ひ》耶《か》。


 燕王《えんおう》の兵を起したる建文元年七月より、恵帝《けいてい》の国を遜《ゆず》りたる建文四年六月までは、烽烟《ほうえん》剣光《けんこう》の史《し》にして、今一々|之《これ》を記するに懶《ものう》し。其《その》詳《しょう》を知らんとするものは、明史《みんし》及び明朝紀事本末《みんちょうきじほんまつ》等《ら》に就きて考うべし。今たゞ其|概略《がいりゃく》と燕王恵帝の性格|風※[#「蚌のつくり」、第3水準1−14−6]《ふうぼう》を知る可《べ》きものとを記せん。燕王もと智勇天縦《ちゆうてんしょう》、且《かつ》夙《つと》に征戦に習う。洪武《こうぶ》二十三年、太祖《たいそ》の命を奉じ、諸王と共に元族《げんぞく》を漠北《ばくほく》に征す。秦王《しんおう》晋王《しんおう》は怯《きょ》にして敢《あえ》て進まず、王将軍|傅友徳《ふゆうとく》等を率いて北出し、※[#「二点しんにょう+施のつくり」、第3水準1−92−52]都山《いとさん》に至り、其将|乃児不花《ナルプファ》を擒《とりこ》にして還《かえ》る。太祖|大《おおい》[#「大《おおい》」は底本では「大《おおい》い」]に喜び、此《これ》より後|屡《しばしば》諸将を帥《ひき》いて出征せしむるに、毎次功ありて、威名|大《おおい》に振《ふる》う。王既に兵を知り戦《たたかい》に慣《な》る。加うるに道衍《どうえん》ありて、機密に参し、張玉《ちょうぎょく》、朱能《しゅのう》、丘福《きゅうふく》ありて爪牙《そうが》と為《な》る。丘福は謀画《ぼうかく》の才張玉に及ばずと雖《いえど》も、樸直《ぼくちょく》猛勇、深く敵陣に入りて敢戦死闘し、戦《たたかい》終って功を献ずるや必ず人に後《おく》る。古《いにしえ》の大樹《たいじゅ》将軍の風あり。燕王をして、丘将軍の功は我|之《これ》を知る、と歎美《たんび》せしむるに至る。故に王の功臣を賞するに及びて、福|其《その》首《しゅ》たり、淇国公《きこくこう》に封《ほう》ぜらる。其《その》他《た》将士の鷙悍※[#「敖/馬」、UCS−9A41、297−4]雄《しかんごうゆう》の者も、亦《また》甚《はなは》だ少《すくな》からず。燕王の大事を挙ぐるも、蓋《けだ》し胸算《きょうさん》あるなり。燕王の張※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]《ちょうへい》謝貴《しゃき》を斬《き》って反を敢《あえ》てするや、郭資《かくし》を留《とど》めて北平《ほくへい》を守らしめ、直《ただち》に師を出《いだ》して通州《つうしゅう》を取り、先《ま》ず薊州《けいしゅう》を定めずんば、後顧の患《うれい》あらんと云《い》える張玉の言を用い、玉をして之を略せしめ、次《つい》で夜襲して遵化《じゅんか》を降《くだ》す。此《これ》皆|開平《かいへい》の東北の地なり。時に余※[#「王+眞」、第4水準2−80−87]《よてん》居庸関《きょようかん》を守る。王曰く、居庸は険隘《けんあい》にして、北平の咽喉《いんこう》也、敵|此《ここ》に拠《よ》るは、是《こ》れ我が背《はい》を拊《う》つなり、急に取らざる可からずと。乃《すなわ》ち徐安《じょあ
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