がい》に鳴る。都指揮使|謝貴《しゃき》は七衛《しちえい》の兵、并《なら》びに屯田《とんでん》の軍士を率いて王城を囲み、木柵《ぼくさく》を以て端礼門《たんれいもん》等の路《みち》を断ちぬ。朝廷よりは燕王の爵を削るの詔《みことのり》、及び王府の官属を逮《とら》うべきの詔至りぬ。秋七月|布政使《ふせいし》張※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]《ちょうへい》、謝貴《しゃき》と与《とも》に士卒を督して皆《みな》甲せしめ、燕府を囲んで、朝命により逮捕せらるべき王府の官属を交付せんことを求む。一|言《げん》の支吾《しご》あらんには、巌石《がんせき》鶏卵《けいらん》を圧するの勢を以て臨まんとするの状を為《な》し、※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]貴《へいき》の軍の殺気の迸《はし》るところ、箭《や》をば放って府内に達するものすら有りたり。燕王謀って曰く、吾が兵は甚だ寡《すくな》く、彼の軍は甚だ多し、奈何《いかに》せんと。朱能進んで曰く、先《ま》ず張※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]謝貴を除かば、余《よ》は能《よ》く為す無き也と。王曰く、よし、※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]貴《へいき》を擒《とりこ》にせんと。壬申《じんしん》の日、王、疾《やまい》癒《い》えぬと称し、東殿《とうでん》に出で、官僚の賀を受け、人をして※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]と貴とを召さしむ。二人応ぜず。復《また》内官を遣《つかわ》して、逮《とら》わるべき者を交付するを装う。二人|乃《すなわ》ち至る。衛士甚だ衆《おお》かりしも、門者|呵《か》して之《これ》を止《とど》め、※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]と貴とのみを入る。※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]と貴との入るや、燕王は杖《つえ》を曳《ひ》いて坐《ざ》し、宴を賜い酒を行《や》り宝盤に瓜《うり》を盛って出《いだ》す。王曰く、たま/\新瓜《しんか》を進むる者あり、卿《けい》等《ら》と之を嘗《こころ》みんと。自ら一|瓜《か》を手にしけるが、忽《たちまち》にして色を作《な》して詈《ののし》って曰く、今世間の小民だに、兄弟宗族《けいていそうぞく》、尚《なお》相《あい》互《たがい》に恤《あわれ》ぶ、身は天子の親属たり、而《しか》も旦夕《たんせき》に其|命《めい》を安んずること無し、県官の我を待つこと此《かく》の如し、天下何事か為す可《べ》からざらんや、と奮然として瓜を地に擲《なげう》てば、護衛の軍士皆激怒して、前《すす》んで※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]と貴とを擒《とら》え、かねて朝廷に内通せる葛誠《かつせい》盧振《ろしん》等《ら》を殿下に取って押《おさ》えたり。王こゝに於《おい》て杖を投じて起《た》って曰く、我何ぞ病まん、奸臣《かんしん》に迫らるゝ耳《のみ》、とて遂に※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]貴等を斬《き》る。※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]貴等の将士、二人が時を移して還《かえ》らざるを見、始《はじめ》は疑い、後《のち》は覚《さと》りて、各《おのおの》散じ去る。王城を囲める者も、首脳|已《すで》に無くなりて、手足《しゅそく》力無く、其兵おのずから潰《つい》えたり。張※[#「日/丙」、第3水準1−85−16]《ちょうへい》が部下|北平都指揮《ほくへいとしき》の彭二《ほうじ》、憤慨|已《や》む能《あた》わず、馬を躍らして大《おおい》に市中に呼《よば》わって曰く、燕王反せり、我に従って朝廷の為に力を尽すものは賞あらんと。兵千余人を得て端礼門《たんれいもん》に殺到す。燕王の勇卒|※[#「广+龍」、第3水準1−94−86]来興《ほうらいこう》、丁勝《ていしょう》の二人、彭二を殺しければ、其兵も亦《また》散じぬ。此《この》勢《いきおい》に乗ぜよやと、張玉、朱能等、いずれも塞北《さいほく》に転戦して元兵《げんぺい》と相《あい》馳駆《ちく》し、千軍万馬の間に老い来《きた》れる者なれば、兵を率いて夜に乗じて突いて出で、黎明《れいめい》に至るまでに九つの門の其八を奪い、たゞ一つ下らざりし西直門《せいちょくもん》をも、好言を以て守者を散ぜしめぬ。北平既に全く燕王の手に落ちしかば、都指揮使の余※[#「王+眞」、第4水準2−80−87]《よてん》は、走って居庸関《きょようかん》を守り、馬宣《ばせん》は東して薊州《けいしゅう》に走り、宋忠《そうちゅう》は開平《かいへい》より兵三万を率いて居庸関に至りしが、敢《あえ》て進まずして、退いて懐来《かいらい》を保ちたり。
 煙は旺《さか》んにして火は遂に熾《も》えたり、剣《けん》は抜かれて血は既に流されたり。燕王は堂々として旗を進め馬を出しぬ。天子の正朔《せいさく》を奉ぜず、敢《あえ》て建文の年号を去って、洪武三十二年と
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