《い》って曰く、諸人の随《したが》わんことを願うは、固《もと》よりなり、但し随行の者の多きは功無くして害あり、家室の累《るい》無くして、膂力《りょりょく》の捍《ふせ》ぎ衛《まも》るに足る者、多きも五人に過ぎざるを可とせん、余《よ》は倶《とも》に遙《はるか》に応援を為《な》さば、可ならんと。帝も、然《しか》るべしと為したもう。応能、応賢の二人は比丘《びく》と称し、程済は道人《どうじん》と称して、常に左右に侍し、馮※[#「さんずい+寉」、406−8]《ひょうかく》[#「馮※[#「さんずい+寉」、406−8]」は底本では「憑※[#「さんずい+寉」、406−8]」]は馬二子《ばじし》と称し、郭節《かくせつ》は雪菴《せつあん》と称し、宋和《そうか》は雲門僧《うんもんそう》と称し、趙天泰《ちょうてんたい》は衣葛翁《いかつおう》と称し、王之臣《おうししん》は補鍋《ほか》を以《もっ》て生計を為さんとして老補鍋《ろうほか》と称し、牛景先《ぎゅうけいせん》は東湖樵夫《とうこしょうふ》と称し、各々《おのおの》姓を埋《うず》め名を変じて陰陽《いんよう》に扈従《こしょう》せんとす。帝は※[#「さんずい+眞」、第3水準1−87−1]南《てんなん》に往《ゆ》きて西平侯《せいへいこう》に依《よ》らんとしたもう。史彬《しひん》これを危ぶみて止《とど》め、臣《しん》等《ら》の中の、家いさゝか足りて、旦夕《たんせき》に備う可《べ》き者の許《もと》に錫《しゃく》を留《とど》めたまい、緩急移動したまわば不可無かるべしと白《もう》す。帝もこれを理ありとしたまいて、廖平、王良、鄭洽《ていこう》、郭節、王資、史彬《しひん》、梁良玉の七家を、かわる/″\主とせんことに定まりぬ。翌日舟を得て帝を史彬の家に奉ぜんとす。同乗するもの八人、程、葉《しょう》、楊、牛、馮《ひょう》、宋、史なり。余《よ》は皆涙を揮《ふる》って別れまいらす。帝は道を※[#「さんずい+栗」、第4水準2−79−2]陽《りつよう》に取りて、呉江《ごこう》の黄渓《こうけい》の史彬の家に至りたもうに、月の終《おわり》を以て諸臣また漸《ようや》く相《あい》聚《あつ》まりて伺候《しこう》す。帝命じて各々帰省せしめたもう。燕王|位《くらい》に即《つ》きて、諸官員の職を抛《なげう》って遯去《のがれさ》りし者の官籍を削る。呉江《ごこう》の邑丞《ゆうじょう》鞏徳《きょうとく》、蘇州府《そしゅうふ》の命を以て史彬が家に至り、官を奪い、且《かつ》曰く、聞く君が家|建文《けんぶん》皇帝をかしずくと。彬《ひん》驚いて曰く、全く其《その》事《こと》無しと。次の日、帝、楊、葉、程の三人と共に、呉江を出《い》で、舟に上《のぼ》りて京口《けいこう》に至り、六合《ろくごう》を過ぎ、陸路|襄陽《じょうよう》に至り、廖平が家に至りたもうに、其《その》後《あと》を訊《と》う者ありければ、遂《つい》に意を決して雲南《うんなん》に入りたもう。
永楽《えいらく》元年、帝|雲南《うんなん》の永嘉寺《えいかじ》に留《とど》まりたもう。二年、雲南を出《い》で、重慶《じゅうけい》より襄陽《じょうよう》に抵《いた》り、また東して、史彬《しひん》の家に至りたもう。留まりたもうこと三日、杭州《こうしゅう》、天台《てんだい》、雁蕩《がんとう》の遊《ゆう》をなして、又雲南に帰りたもう。
三年、重慶の大竹善慶里《たいちくぜんけいり》に至りたもう。此《この》年《とし》若《もし》くは前年の事なるべし、帝|金陵《きんりょう》の諸臣|惨死《さんし》の事を聞きたまい、※[#「さんずい+玄」、第3水準1−86−62]然《げんぜん》として泣きて曰く、我罪を神明に獲《え》たり、諸人皆我が為《ため》にする也《なり》と。
建文帝《けんぶんてい》は今は僧|応文《おうぶん》たり。心の中《うち》はいざ知らず、袈裟《けさ》に枯木《こぼく》の身を包みて、山水に白雲の跡を逐《お》い、或《あるい》は草庵《そうあん》、或は茅店《ぼうてん》に、閑坐《かんざ》し漫遊したまえるが、燕王《えんおう》今は皇帝なり、万乗の尊に居《お》りて、一身の安き無し。永楽元年には、韃靼《だったん》の兵、遼東《りょうとう》を犯し、永平《えいへい》に寇《あだ》し、二年には韃靼《だったん》と瓦剌《わら》(Oirats, 西部蒙古)との相《あい》和せる為に、辺患無しと雖《いえど》も、三年には韃靼の塞下《さくか》を伺うあり。特《こと》に此《この》年《とし》はタメルラン大兵を起して、道を別失八里《ベシバリ》(Bisbalik)に取り、甘粛《かんしゅく》よりして乱入せんとするの事あり。甘粛は京《けい》を距《さ》る遠しと雖《いえど》も、タメルランの勇威猛勢は、太祖の時よりして知るところたり、永楽帝の憂慮察す可《べ》し。此《この》事《こと》明史
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