身を竦《そばだ》てゝ 雲衢《くものちまた》に入る、
一錫《ひとつのつえ》 游龍《うごけるりゅう》の如し。
笠《かさ》は衝《つ》く 霏々《ひひ》の霧、
衣《い》は払ふ ※[#「風にょう+叟」、第4水準2−92−38]々《そうそう》の風。
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の句あり。身を竦《そばだ》てゝの句、颯爽《さっそう》悦《よろこ》ぶ可《べ》し。其《その》末《すえ》に、
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江天《こうてん》 正に秋清く、
山水 亦《また》容《すがた》を改む。
沙鳥《はまじのとり》は 烟《けむり》の際《きわ》に白く、
嶼葉《しまのこのは》は 霜の前に紅《くれない》なり。
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といえる如《ごと》き、常套《じょうとう》の語なれども、また愛す可《べ》し。古徳と同じゅうせんと欲するは、是《こ》れ仮《か》にして、淮楚《わいそ》浙東《せっとう》に往来せるも、修行の為《ため》なりしや游覧《ゆうらん》の為なりしや知る可からず。然《しか》れども詩情も亦《また》饒《おお》き人たりしは疑う可からず。詩に於《おい》ては陶淵明《とうえんめい》を推《お》し、笠沢《りゅうたく》の舟中《しゅうちゅう》に陶詩《とうし》を読むの作あり、中《うち》に淵明を学べる者を評して、
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応物《おうぶつ》は趣《おもむき》 頗《すこぶる》合《がっ》し、
子瞻《しせん》は 才 当るに足る。
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と韋《い》、蘇《そ》の二士を挙げ、其《その》他《た》の模倣者《もほうしゃ》を、
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里婦《りふ》 西《せい》が顰《ひそみ》に効《なら》ふ、
咲《わら》ふ可し 醜《しゅう》愈《いよいよ》張る。
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と冷笑し、又|公暇《こうか》に王維《おうい》、孟浩然《もうこうぜん》、韋応物《いおうぶつ》、柳子厚《りゅうしこう》の詩を読みて、四|子《し》を賛する詩を為《な》せる如き、其の好む所の主とするところありて泛濫《へんらん》ならざるを示せり。当時の詩人に於ては、高啓《こうけい》を重んじ、交情また親しきものありしは、|奉[#レ]答[#二]高季迪[#一]《こうきてきにこたえたてまつる》、|寄[#二]高編脩[#一]《こうへんしゅうによす》、|賀[#二]高啓生[#一レ]子《こうけいのこをうめるをがす》、|訪[#二]高啓鍾山寓舎[#一]辱[#二]詩見[#一レ]貽《こうけいをしょうざんぐうしゃにといしをおくらるるをかたじけなくす》、|雪夜読[#二]高啓詩[#一]《せつやこうけいのしをよむ》等の詩に徴して知るべく、此《この》老の詩眼暗からざるを見る。逃虚集《とうきょしゅう》十巻、続集一巻、詩精妙というにあらずと雖《いえど》も、時に逸気あり。今其集に就《つい》て交友を考うるに、袁※[#「王+共」、第3水準1−87−92]《えんこう》[#「袁※[#「王+共」、第3水準1−87−92]」は底本では「韋※[#「王+共」、第3水準1−87−92]」]と張天師《ちょうてんし》とは、最も親熟《しんじゅく》するところなるが如く、贈遺《ぞうい》の什《じゅう》甚《はなは》だ少《すくな》からず。※[#「王+共」、第3水準1−87−92]《こう》と道衍とは本《もと》より互《たがい》に知己たり。道衍又|嘗《かつ》て道士|席応真《せきおうしん》を師として陰陽術数《いんようじゅっすう》の学を受く。因《よ》って道家の旨《し》を知り、仙趣の微に通ず。詩集|巻七《まきのしち》に、|挽[#二]席道士[#一]《せきどうしをべんす》とあるもの、疑うらくは応真、若《も》[#ルビの「も」は底本では「もし」]しくは応真の族を悼《いた》めるならん。張天師は道家の棟梁《とうりょう》たり、道衍の張を重んぜるも怪《あやし》むに足る無きなり。故友に於ては最も王達善《おうたつぜん》を親《したし》む。故に其の|寄[#二]王助教達善[#一]《おうじょきょうたつぜんによす》の長詩の前半、自己の感慨|行蔵《こうぞう》を叙《じょ》して忌《い》まず、道衍自伝として看《み》る可し。詩に曰く、
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乾坤《けんこん》 果して何物ぞ、
開闔《かいこう》 古《いにしえ》より有り。
世を挙《こぞ》って 孰《たれ》か客《かく》に非《あら》ざらん、
離会 豈《あに》偶《たまたま》なりと云《い》はんや。
嗟《ああ》予《われ》 蓬蒿《ほうこう》の人、
鄙猥《ひわい》 林籔《りんそう》に匿《かく》る。
自《みず》から慚《は》づ 駑蹇《どけん》の姿、
寧《なん》ぞ学ばん 牛馬の走るを。
呉山《ござん》 窈《ふか》くして而《しこう》して深し、
性を養ひて 老朽を甘んず。
且《かつ》 木石と共に居《お》りて、
氷檗《ひょうばく》と 志《こころざし》 堅く守りぬ。
人は云ふ 鳳《
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